縁線図鑑気づけばほら、つながりだらけ。

No.018

◯◯好きのご縁飯 〜映画〜

この街は、映画が生活の一部にある。下高井戸シネマを救った立役者「居酒屋たつみ」とそのご縁

  • 取材・文:浅井剛志
  • 写真:N A ï V E(佐藤友亮)
  • 編集:山元翔一(CINRA)

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下高井戸駅を降りて商店街を5分ほど歩くと、異彩を放つ外観の建物が見えてくる。たい焼き屋と居酒屋が同居し、店先には映画館のポスター看板が設置されている。「居酒屋たつみ」は、地域の人々から映画関係者にまで愛される、下高井戸が誇る名物居酒屋だ。

そんな居酒屋たつみに、下高井戸シネマで長年働く山口伸子さん、下高井戸在住で初長編作品『ユリシーズ』を完成させたばかりの映画監督・宇和川輝さんとともに来訪。映画を愛する二人に「たつみ」が愛される理由や、そこで生まれた出会い、下高井戸という街の魅力までを語ってもらった。

左から:山口伸子さん、宇和川輝さん

下高井戸のご近所さん、映画好きのたまり場「居酒屋たつみ」

―お二方の出会いを教えていただけますか?

最初に会ったのは、ポルトガルの映画監督、ペドロ・コスタさんが下高井戸シネマにトークショーのゲストで来た日ですね。宇和川さんはトークショーを見られたあと、他の友人と飲んでいたんですけど……。

山口

「そろそろ帰って寝ようか」と思っていたときに、3次会くらいに呼んでくださって。そこで、すでにできあがっている山口さんにお会いしました。

宇和川

(笑)。

山口

ペドロ・コスタさんとの打ち上げも一次会はたつみでやったんですが、「日本の居酒屋の雰囲気が楽しめる」ということで海外の監督にも人気なんです。あと、たつみに来ると下高井戸周辺に住んでいる映画関係の方がいることが多いです。劇場に来てくれた帰りの人も見かけますね。

山口

僕も映画関係者とばかり来ています。2023年の夏に下高井戸に引っ越してきたんですが、同じく映画監督をしている池添俊さんが最初に連れてきてくれたのもたつみでした。「下高井戸といえば、ここだよ!」って。

宇和川

―それぞれに、たつみで思い出に残っていることはありますか?

下高井戸シネマのジョン・カサヴェテス特集で『ラブ・ストリームス』(1984年)を観た帰りに、『SUPER HAPPY FOREVER』(2024年)の五十嵐耕平監督とプロデューサーの大木真琴さんとばったり会って、たつみに来たことがあります。 ちょうど僕が制作会社を立ち上げたいというタイミングだったので、終電の時間までいろいろと相談に乗ってもらいました。そのときの会話が自分の思いを加速させてくれたんです。

宇和川

人と話をするって、やっぱり大切ですよね。音楽活動の他に作詞や映画批評でも活躍している、ゆっきゅんさんが下高井戸シネマに来てくれて立ち話をした流れで、映画関係の友人と私の3人でそのままたつみに飲みに行きました。そこで交流ができたこともあって、2024年12月の『ゆっきゅん映画祭』につながったのかなと思ってます。

山口

居酒屋たつみと下高井戸シネマの深いご縁

映画の鑑賞後、人と感想を交換することに躊躇する人もいるかもしれない。だけれど、「いろんな人の意見を聞くと、その映画の違う側面が見えてきて、作品への理解が深まったり、もう一度観たいと思えてきたりする」と山口さんが語るように、誰かと意見を交わすことが、映画鑑賞の体験をより豊かにもしてくれる。映画話を通じて、相手との結びつきも深まっていく。

たつみは映画好きばかりでなく、地域の人々も集まってくる。そこでの出会いや会話が、人生の新たな一歩を後押しすることもあるだろう。たつみと下高井戸シネマとの間にも、深い縁があるのだという。2代目オーナーの前田義朗さんも交えて話を聞いた。

居酒屋たつみ 本店。同じ建物内に店を構える姉妹店のたい焼き屋「たつみや」、徒歩数分圏内にはメニューにひとひねりアイデアを加えた、たつみ 駅前店もある

―たつみと下高井戸シネマには、深い縁があるとお聞きしました。

1998年頃に下高井戸シネマが一度、閉館される話が持ち上がったんですよ。そのときに、先代であるウチの父親と、当時、世田谷区議会議員だった方が映画館の再スタートに力を貸したという話を聞いています。

前田

再スタートのときに、たつみのお店の前に映画館のポスター看板を置いてくれたんです。街全体で映画館を「応援するからね」とサポートしてくれて、後ろ盾がある安心感がありましたね。

山口

「商店街に映画館がある」というだけで、街のステータスが上がるんですよね。だから絶対に残しておきたいというのが、父親たちの思いとしてはあったんでしょうね。

前田

たつみの2代目オーナー・前田義朗さん

2か月ごとの上映スケジュール表を街のいろいろなところに置かせてもらっているんですが、そうした縁も関係してか、特にたつみのお客さんには持っていってくださる人が多いんです。

山口

たい焼きの売り場にも置いているからね。

前田

常連さんにとっては「ここでスケジュールを手に取る」という習慣になっているのかなと思っていて……たつみは、地域的な広がりを生んでくれている場所なんです。 あとお店の前のポスター看板も映画館にとっては重要で、普段から映画館に足繁く通う人だけだと人数が限られてしまいますから。でも看板があると、散歩している不特定多数の人の目に触れるきっかけをつくってくれているんです。

山口

下高井戸に引っ越してきてすぐ、駅のホームにも映画館のポスター看板があるのを見て、映画館が街から大切にされていることが伝わってきて、とても感動したことを思い出しました。

宇和川

たつみの店先に設置されている下高井戸シネマの看板

約200品の手づくり料理、選りすぐりのお酒で愛され45年

たつみの店内にはメニューが手書きされた貼り紙が並ぶ。「ボジョレー・ヌーヴォー」と「握り寿司」「メンチカツ」が同じスペースに貼り出されていることが象徴するように、ジャンルもさまざま。飲食店にとって、メニューの豊富さは仕入れや仕込みの観点からも負担が大きい。それにも関わらず、バラエティー豊かなラインナップを提供し続ける、たつみという店の魅力に迫った。

―たつみはいつからやられているんですか?

うちは1980年創業です。このあいだ、45周年のイベントをやりました(※)。

前田

驚きのサービスをしていたのをSNSで目撃しました!

山口

サービスしているつもりはなかったんですけどね。「45周年」にちなんで、ポテトサラダ45円とかやっちゃったから(笑)。でも引き続き次の50周年も盛り上げていきたいとは思ってますよ。

前田

たつみはもともと安いし、しかもメニューがあまりに豊富なので、家族連れとかもいっぱい来られるんですよ。ソフトドリンクもたくさんあるし、包容力がすごい。食べものも、ハンバーグとかステーキ、オムレツみたいな洋食メニューもあるし、寿司や鍋もあるし。

山口

※編注:前田さんによると取材後に創業年を間違って認識していたことが判明し、たつみは2025年に正式に45周年を迎えることになる

山口さんのたつみ定番メニュー①、いわしの梅揚げ
山口さんのたつみ定番メニュー②、ごぼうの唐揚げ

気がついたら増えていってしまうんですよ。先代が、お客さんから課題を与えられると「ありがとうございます!」とつくってメニュー化してしまったんです。いまはもう少し絞ろうとしているんですが、それでも十分、多いと思います。

前田

―山口さんや宇和川さんがお気に入りのメニューは何ですか?

ほうれん草サラダです。こんなにいっぱい野菜が敷き詰められていることって居酒屋ではなかなかないと思います。しかもドレッシングがシンプルでおいしい。

山口

ドレッシングはビネガーも入っていて、それが効いていますね。

宇和川

ほうれん草サラダのドレッシングの味わいについて「たつみのはちょうどいい塩気で、さっぱりしているんですよね」と山口さんは語る

おなかがすいたときはお寿司もよく頼みます。ボリュームもあって、おいしいのに安いんです。シメには稲庭うどんもいいんですよね。

山口

僕はお刺身が印象に残っていますね。僕はスペインに留学していて、スペインではバルに行くんですけど、あんまりお腹いっぱい食べられないんですよ。居酒屋はごはんも食べようと思えば食べられるからいいですね。

宇和川

たつみはビールも種類が豊富で、黒ビールもあるからハーフ&ハーフもできる。そしてハートランドも置いてあるのがうれしいです。 焼酎はお湯や炭酸をセットで出してくれるので1セットで2、3杯いけます。あとは利き酒ですね。私はたつみの利き酒で「お酒の味」を知りました。

山口

僕も利き酒、頼んだことがあります。スペインでは赤ワインばかり飲んでいましたが、日本に帰国して日本酒や焼酎のおいしさを実感しました。

宇和川

店内には、焼酎や日本酒など選りすぐりのお酒がずらりと並ぶ
たつみ自慢の豊富なメニューは約200品にものぼるという

街に暮らす人と人、商店街と映画館が醸し出す、下高井戸の「手づくり」の魅力

下高井戸シネマで20年以上働いているという山口さんと、一昨年引っ越してきたという宇和川さん。下高井戸のどんな部分に二人は惹かれているのだろう。

―宇和川さんはなぜ下高井戸に住むことを決めたのでしょうか?

スペインから帰国後、「映画館と銭湯のある街に住みたい」と思って下高井戸に内見に行ったら、たまたまその日、商店街のBGMでジャック・タチの『ぼくの伯父さん』(1958年)のテーマソングが流れていたんですよ。自分の大好きな映画なので、思わず「あ、ここに住もう」と決めました。

宇和川

―山口さんは、下高井戸のどんなところに魅力を感じますか?

私は小さいときから下高井戸によく来ていたので、その頃に比べると様変わりしたなと思うんです。ただ変わらない部分もあって、それは他の街と比べて下高井戸は時間の流れがゆっくりしていること。いまも昔ながらの小さな個人店ががんばっていますよね。

山口

個人店は昔と比べるとずいぶん減っちゃいましたけどね。そういうこともあって、1994年に下高井戸の商店街で「しもたかスタンプ」というのを始めて。

前田

スタンプ、いいですよね。八百屋さんでもスタンプがもらえるから、「野菜を買うなら八百屋さんに行く」みたいな習慣ができるんですよね。

宇和川

下井戸には八百屋さん、魚屋さん、肉屋さんがひと通り揃っていて、スタンプひとつとっても街に生きる人たちの生活が見えるんですよね。

山口

スタンプを集めると、下高井戸シネマさんのチケットに引き換えたり、商店街の個人店で使えたりするんですが、ウチの常連さんには、スタンプを集めたカードを10冊くらい持ってきて「これでボトル入れていくわ!」という人もいるんです。スタンプを開始して30年くらい経つので、地域通貨のように活発に使ってくれていますよ。そうやって一緒に街を盛り上げられるお店と長くお付き合いできているのは、たつみとしてもありがたいです。

前田

―下高井戸は毎日の買いものからも、人と人のつながりや縁が感じられる街なんですね。そういう街に下高井戸シネマは根づき、街の人たちから愛されているのを感じました。山口さんは今後、どのような映画館づくりをしていきたいですか?

映画好きな人から「面白い」と思ってもらえる編成プログラムや企画も引き続きやりたい一方で、気軽に映画を楽しみたい地域の人がふらっと足を運べる作品も積極的に上映したいです。「なんか難しいものをやっている」と思われるものではなく、開かれた作品ですね。 近年、映画界全体として難しい、重い映画が増えてしまっているような印象もあります。かつての『男はつらいよ』シリーズのような娯楽作が少なくなっている。山田洋次監督作や時代劇を上映すると、昔から街に住む高齢の方も杖をついて足を運んでくれたりもするので、そうしたことも大切にしています。映画館自体が、下高井戸で生活する一部でありたいんです。

山口

下高井戸シネマは、たつみから徒歩3分ほどのところにある

取材が終わり、店内から出ると、同じビルで営まれているたい焼き屋で買いものをする人々の姿が目に飛び込んできた。このたい焼きには毎朝、前田さん夫妻がつくった自家製の餡がたっぷりとつまっている。

今回、3人の口から「生活」という言葉が何度も出てきたことが印象的だった。八百屋や魚屋に寄って、スタンプシールを集める。下高井戸とは、そうした「手づくりの生活」が残っている街なのだろう。既製品の餡を買ってきて詰めるのではない、たつみの手づくり餡のように、生活も手づくりできる。下高井戸シネマやたつみは、そんな手づくりの生活を送る人々の隣にいつも寄り添おうとしている。ジャンルこそ違うが、2つの空間に共通するそうした姿勢が垣間見えた。

「たつみや」の焼き立てのたい焼き

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