大岡山で35年、「一品で腹一杯」を貫く四川屋台。2700回以上通う東工大OBとの深い縁も
- 取材・文:三浦希
- 写真:丹野雄二
- 編集:川谷恭平(CINRA)
Share

大井町線と目黒線の2路線が乗り入れる大岡山駅。駅を出ると正面に、理系大学の最高峰・東京工業大学(現:東京科学大学)のキャンパスが現れる。この大学のすぐそばに、驚くべき常連客を抱える中華料理の名店がある。
35年の歴史を誇る「四川屋台」は、東工大OBのスミーさん(ハンドルネーム)を10年以上にわたって虜にし、2,700回以上も通わせているという。なぜ彼は、この店に魅了されてしまうのか。その秘密は、店主・峰彰男さんが振る舞う本格四川料理と、学生時代から通い続けるスミーさんをはじめとする常連客とのあいだに育まれた深い絆にあった。
大学のそばに根づいた中華料理店で繰り広げられる、食と人情のドラマに迫る。

毎日必ず食べにやって来る男。2,700回以上の来店で生まれた店主との縁
——まずは、スミーさんが四川屋台に初めて行ったときのエピソードを教えてください。
2014年4月、東京工業大学に入学したてのころ、将棋サークルの先輩が連れていってくれました。サークルのメンバーでお昼ごはんを食べるとなると、いつも四川屋台が定番だったそうです。 初めて食べたメニューは「石焼麻婆丼」でした。現在は提供されていないメニューですが、その味にとてつもない衝撃を受けたのをいまでも覚えています。
スミー

—— それから通うようになったんですか?
そうですね。大岡山にある飲食店はひと通り回ったのですが、そのなかでも四川屋台は、味はもちろん、ボリュームもあり、学生にとってコスパがとても良かったんです。それから毎日行くようになり、現在は2,700回以上足を運んでいます。
スミー


——ちょっと待ってください。毎日、しかも2,700回以上?
はい、いまも大岡山に住んでおり、毎日通っています。東工大に入学したばかりのころは、授業の関係で週に3、4回しか食べに行けなかったのですが……。
スミー

——週3、4日でも立派だと思います。
3、4年生になり、授業や研究が落ち着いてからはどんどん行く回数が増え、週6、7日に増えました。そして、社会人になったいまも大岡山に住み、毎日通う生活を10年続けているので、2,700回以上ですね(※)。 日中は仕事のため、夜に食べに来ることが多いのですが、家族や会社の同僚、オンラインゲームで知り合った方など、大切な人と訪れたこともあります。
スミー

——峰さんはスミーさんのことをどう思っているんですか。このレベルの常連さんはめずらしいですよね。
東工大生や大岡山に住んでいる常連さんはたくさんいるけど、スミーくんのような人はいないね。彼が来ないと、なんだか不安になっちゃうレベルだよね。だって、毎日来てくれるんだもん(笑)。
峰

※取材は2024年9月に 実施。スミーさんはお店の臨時休業や、仕事の出張などで来られない日以外は毎日通うため、1年間で300回以上は来店する

——峰さんとスミーさんの一番の思い出を教えてください。
彼の来店2000回を祝うアニバーサリーをしたときかな。大きな立て看板をつくって、1995、1996……って、カウントアップ形式で数えていったんだよね。
峰

1,999回まできたとき、仕事の出張で2日ほど四川屋台に来られない日が続いたんです。2,000回の到達までじらすかたちになって、あのときは申し訳ない気持ちになりました。そして2,000回目に到達した翌朝には、担々麺を100円で提供するイベントを開催してくれたんですよね。
スミー

「2,000回目、おめでとう!」ってね。イベントはすぐに満席になるほど大盛況だったんだけど、面白いのが、そのイベントにはスミー君が来なかったんだよ(笑)。
峰

朝7:00〜8:00だったこともあって……。私のお祝いなのに、なぜか主役がいないという不思議な感じだったのだそうで。
スミー


八百屋から受け継いだ野菜へのこだわりが、常連をダイエット成功へと導く?
われわれ取材陣が店を訪れたのは、土曜日の昼前。四川屋台にとってバイキング形式の食べ放題を提供する日だ。厨房からはスパイスの香ばしい香りが漂ってくる。気前の良い峰さんは「スミー君、せっかくだから食べて行くといいよ。好きなメニューをつくるからさ、ほら!」とひと声かけ厨房に向かう。気さくな言葉に、両者の深い絆が垣間見える。



——スミーさんが注文したメニューは何ですか?
油淋鶏とパーコー担々麺を頼みました。いつもは1品でお腹いっぱいなんですけど、今日は特別に2品いただきます。本当に美味しく大好きなんですよね。また、四川屋台の特徴はどのメニューを頼んでも、野菜がたっぷり食べられるという点も魅力なんです。
スミー

——野菜ですか?
じつは、私は1日1食の生活を送っており、その1食を四川屋台で食べているので、野菜を取らないと栄養バランスが悪くなってしまうんです。ちなみに、この食生活に変えてから、体重を30キロ減らすことにも成功したんです
スミー

——(一同ポカンとする)
野菜に関していうと、もともとウチは父と母がここで八百屋をやっていたんだ。その名残もあって四川屋台の料理は野菜をたっぷり使っているよ。いまでも毎日、世田谷の市場に行って、自分の目と手で野菜を選んでいるよ。自分自身が納得できて、お客さんも喜ばせられる料理を出したいからね。 あと、野菜じゃないけど、担々麺にはゴマが7,000粒も入ってるんだよ。
峰

——え、ゴマを数えたんですか?
数えにくいけど、一度数えたね(笑)。
峰


1品で満腹を保証。ガツンとくるラー油は麺料理のアクセントに
「ほら、できたよ!」と厨房から運ばれてきたのは、山盛りの油淋鶏とパーコー担々麺。どちらもボリューム満点で、香りが食欲を掻き立てる。この豪快な盛りつけには、店主ならではのこだわりがあるそう。料理の特徴について尋ねてみた。
——やはり相当ボリューミーですね。
チェーン店なんかだと、餃子をつけなきゃ腹一杯にならないなんてこともあるでしょ。もちろん売上のことを考えると大切なんだけどさ、ウチがやることじゃないよな、って思うんだ。四川屋台では1品頼めば、必ず腹一杯になれる。それが一番なんだよな。副菜メニューで売り上げ を伸ばすようなことはしたくないよ。
峰



このパーコー担々麺は、見た目の華やかさもあって人気だよ。担々麺の上に豚肉の薄いカツを乗せていてさ。ピリッとした辛さと痺れる旨味が強いスープに、カツのちょっと甘めな味わいがよく合うんだよね。極めつけが、自家製のラー油なんだよな。
峰

——ラー油にもこだわりが?
担々麺って、ゴマのまったりとした味わいが特徴だと思うんだけど、そこにピリッとした 強めのアクセントが効いていないと、どこか間の抜けた味になっちゃうんだ。痺れだったり辛さだったり、ガツンとくる味のアクセントが必要で、だからこそ自家製のラー油を使っているんだよ。
峰


学生やサラリーマンを救う。四川屋台が貫く"腹一杯"の誓い
担々麺に使うゴマの数をかぞえるほど、メニューそれぞれに並々ならぬこだわりを持つ、峰さん。美味しそうなパーコー担々麺や油淋鶏の香りに思わず唾を飲み込みながら、われわれは創業時に描いていた店のあり方、そして信念についてうかがった。
「四川屋台」として店を始めたのは、1989年のこと。そのころは街に中華屋さんもほとんどなくてね。いまのようにチェーン店がずらりと並んでいるような感じではなかったんだ。 最初は、いま流行しているような“街中華” のようなお店にしたかったんだけどさ。創業当初はアルコール類も出していて、それを楽しみに来てくれるお客さんもいた。でも、次第に そういうあり方じゃなくなっていったんだ。 お昼に学生さんたちやサラリーマンの方々が来てくれて、うまそうに食べている姿を見ていると、自然と 「飯を食う店」 に舵を切っていったんだよね。勉強やスポーツ、仕事を頑張ってる皆が、腹一杯になってくれたらいいな、って。
峰


学生や新社会人のころは、お金もあんまりないだろうしさ。繰り返しになるけど、美味しい料理をなるべく安く提供して、腹一杯になってもらう。僕にとって、それほどうれしいことはないんだ。
峰

物価が上がって、メニューの値段も変えなければいけなかったり、大変なこともあったと思うんですけど、地元のことを思ってお店を続けている峰さんの姿勢を、心からリスペクトしています。
スミー


生まれ育った街、大岡山への変わらない愛
常連のスミーさん、店主の峰さん。美味しい料理をきっかけに生まれた二人の絆は深い。最後に生まれも育ちも大岡山という峰さんは、この街への愛についてじっくりと語ってくれた。スミーさんとのあいだにある「大岡山」という共通点が、二人の関係をさらに深めているようだ。
——峰さんからは、地元の皆さんに対する愛情を感じられます。
やっぱり、「生まれ育った街」だから特別なのかもね。昔から全然変わらない部分も多いし、正直なことをいうと「もっと変わってくれよ……!」なんて感じることも少なくない。それでも、この街を愛しているんだ。だから、店をやっていくことにした。単純にこの街をもっと良くしたいって気持ちからさ。
峰

大学を出たあとも大岡山に住み続けているのは、「四川屋台」があるからこそ。でも、それだけじゃなくて、街の治安の良さや街の雰囲気もすごく落ち着かせてくれますね。
スミー




——常連さんがお店に向ける愛情と、お店が常連さんに向ける愛情の両方がありますね。
自分にとって常連さんたちは、つくった料理を味わってくれるのはもちろんだけど、僕たちを支えてくれ、お店を一緒につくってくれるような仲間のような存在な んだよ。スミー君のことは、「息子」なんて言うとちょっと言い過ぎかもしれないけれど、それに近い存在で、いつも大切にしていきたいと思ってるよ。
峰

私にとっての「四川屋台」や峰さんは、「親」のような存在ですね。このお店がないと、生きていけないくらい好きだから、皆にもこの美味しさを知ってほしいんです。だから、友達や会社の同僚にもよくおすすめしてるんですよ。これからもずっとこのお店に通い続けます。
スミー

次は3,000回目のアニバーサリーだな(笑)。これからもずっとよろしくね。
峰


スミーさんが四川屋台に2,700回以上も訪れていると聞いたとき、正直、驚きのあまり言葉を失った。さすがにそれはいき過ぎでは……と。
「百聞は一見にしかず」とよく言う。いや、この場合「百聞は一食にしかず」か。実際に彼と話し、店の料理を食べてみると、その気持ちは、嘘偽りのない純粋な愛情であることがわかった。峰さんも微笑みながら温かく見守っていて、二人のあいだには深い信頼関係があったのだ。
読者の皆さんもぜひ、四川屋台を訪れてみてほしい。懸命に中華鍋を振りながら、クシャッとした笑顔で、峰さんがあなたを出迎えてくれるはずだ。
Share