まちの速度に身をゆだね、木下龍也が過ごす2日間。初めての世田谷線・上町・松陰神社前【後編】
- 取材・文:嘉島唯
- 写真:大西陽
- 編集:川谷恭平(CINRA)
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まちに「泊まる」からこそ、つながる縁を紹介する「ご縁泊」シリーズ。
このまちで過ごし、朝を迎えた。世田谷線が走る上町から松陰神社前にかけてのエリアを、歌人・木下龍也さんがあらためて歩きはじめる。夜とは違う光に照らされ、まちの輪郭が少しずつ浮かび上がっていく。
後編となる本記事では、まちを歩きながら詠まれた短歌とともに、暮らしや創作についての言葉にも耳を傾けていく。
2日目は、コーヒーを片手に招き猫の聖地・豪徳寺まで足を延ばし、Ruiさんおすすめのカフェ「mamesaya」へ。ゆっくりとした朝の時間に身を委ねながら、まち歩きがはじまる。
宿主お手製の朝ごはんから、生活の輪郭に触れる
昨日はおかげさまでよく眠れました。お風呂も気持ちが良かったですし、部屋でゆっくり読書を楽しみました。
木下

良かった! そろそろ母がつくった朝ごはんができますよ。
Rui

この民泊では、朝食が提供されることが多いという。リビングには魚が焼ける香ばしい香りが広がる。



こんなに豪華な朝食、久しく食べてないです。
木下

毎日食べてるようなものをゲストにお出ししてるんです。最近はパン食の方が多いと思いますけれど、母の世代にとっては、これが「定番」らしくて。
Rui


いつごろから、朝食を出すようになったんですか?
木下

この民泊を始めたぐらい……? 最初は「残り物でよければ」くらいの気持ちだったんですけど、海外の方を中心にすごく喜んでくださって。
Rui

海外の方も、納豆を食べるんですか?
木下

全員ではないですけど、出すことは多いですよ。鰹節とネギをたっぷり入れるのが我が家流です。
Rui

すごいですね。準備、大変じゃないですか?
木下

母がいるときだけなんです(笑)。母はアクティブな性格なので、彼女が朝から外出する日は出せません。「食べられたらラッキー」くらいの朝ごはんです。
Rui



散歩道で出会う人気コーヒーと「幸せの招き猫電車」


朝食を終え、豪徳寺方面へ向かう途中で立ち寄ったのが、スペシャルティコーヒー専門店「YOUR DAILY COFFEE 上町店」だ。


この日はテイクアウトでコーヒーを選ぶ。
コーヒーを飲むのは仕事をしている時が多いです。アイデアが思い浮かばないときとか、気分転換したいとき。1日に飲む量としては多い方かも。
木下

「YOUR DAILY COFFEE」は、ペット同伴で入ることができる。近くの公園を散策したあと、犬と一緒に立ち寄る人も多いという。


まち歩きをしていると、招き猫柄の世田谷線が目の前を通る。これは「幸福の招き猫電車」という名の特別車両だ。1時間に1〜2本ほどの運行で、出会える機会は多くない。

しっかりと猫ですね。かわいさとリアルさのバランスが良い。
木下

これから向かう豪徳寺の「招き猫」がモチーフになった電車に出会い、足取りは軽くなる。

「招き猫」の聖地・豪徳寺で、祈りの時間を過ごす

多くの招き猫が並ぶことで知られる豪徳寺。境内に足を踏み入れると、観光地としての顔と、地域に根づいた寺としての顔が重なって見えてくる。

迎えてくれたのは副住職の粕川智哉(かすかわちさい)さんだ。
よろしくお願いします。門をくぐると雰囲気が変わりますね。
木下

そうですね。門の敷居は俗世間とお寺を隔てているものなんです。「ここに入ったら、世間のことはいったん忘れてください」という考え方があります。
粕川


豪徳寺は、彦根藩主・井伊家の江戸における菩提寺。井伊直孝が整備したため、直孝の戒名「久昌院殿豪徳天英大居士」から「豪徳寺」と名付けられた。なかでも広く知られているのが、「招き猫」だ。

どういう由来で、招き猫が増えていったんですか?
木下

もともとは、直孝公がこの地を通りかかった際に、お寺の門前にいた白猫(「たま」)に手招きされて立ち寄ったことがきっかけだといわれています。
粕川

そのお寺がこちらなんですね。
木下

はい。直孝公がお寺で過ごしていると、突然雷雨に見舞われた。結果として、雨を避けられたうえに和尚の放談も聞けた。その幸運に感動し、猫に感謝するようになったそうです。モデルとなった白猫「たま」は招福観音の化身といわれています。
粕川


境内の一角には、無数の招き猫が静かに並んでいる。願い事がかなった後に豪徳寺に「返す」のが作法だという。陳列しているのは、役目を終えた猫たちということになる。


それにしても、すごい数の招き猫ですね。
木下

そうですね。コロナ禍以降、特に海外の方が増えたことが影響しているのかな、と思います。SNSでインフルエンサーの方が投稿してくださっているようで。
粕川

招き猫は全部、陶器なんですね。
木下

はい。うちで提供しているものはすべて陶器です。落ちると割れてしまうので、丁寧に保管しています。
粕川


この三重塔はいつごろ建てられたのですか?
木下

完成したのは2006年です。
粕川

思っていたよりも新しいんですね。
木下

そうなんです。私の祖父の代から「いつか三重塔を建てたい」という話がありまして。時間をかけて準備して、ようやく実現しました。
粕川


僕も招き猫を買おうかな。
木下


歴史が息づく「世田谷城阯公園」。ひだまりのなか、暮らしと創作のはなし
続いて、豪徳寺のほど近くにある世田谷城址公園へ向かう。南北朝時代に築城されたと言われる世田谷城の跡地でもあるこの公園。土塁や空堀などが残り、かつての気配を静かに伝えている。


ベンチに腰を掛け、前日に「ニコラス精養堂」で買い、食べきれずに取っておいたパンを頬張りながら、暮らしと創作について話を聞く。
昔は、無頼派というか、不健康なほうが良い歌をつくれると思っていたんです。なるべく不安定に生きることを選んでいました。
木下

実際、かつての木下さんは自宅に電子レンジも炊飯器も置かずに暮らしていたという。
そういうものを置いて食を安定させると表現が鈍るような気がしていて。
木下

考えが変わったきっかけのひとつが、詩人・谷川俊太郎さんの存在だ。
谷川さんとは共著『これより先には入れません』でお世話になりました。谷川さんって暮らしをとても大切にされていたんですね。自分が理想だと思っていた生き方とは真逆なのに、あれだけ豊かな言葉を生み出している。その姿を見て、考え直しました。
木下


いまでも丁寧に暮らしているとは言えませんが、普通にご飯を炊いて、食べて……そういう生活をして健康な暮らしをしてみたら、良い意味で創作の質が変わらなかったんです。
木下

陽の光に照らされながら木下さんは笑う。「長く書き続けるためには身体がないといけない。不健康をあきらめた」と言い、パンを頬張った。城跡の静けさに包まれながら、話は短歌そのものへと移っていく。

短歌は五七五七七の三十一音です。音数の制限があるから、風景や感情やアイデアをそのまま全部入れることは難しい。
木下

限られた器のなかで、言葉を選び、削り、並べ替える。その行為が、世界の見え方を変えるのだという。
だから焦点を絞ったり、見る角 度を変えたり、何かに喩えたりしながら、本質を探る。そうすると自分はこれが書きたかったのかというものが書きながら見えてくる。
木下


かつては、そんな短歌を「自分のため」に書いていたそうだ。言葉にできない感情をかたちにすることは「なかなかつらかった」と振り返る。そうした創作スタイルも、少しずつ変わってきた。
いまは他者のために短歌をつくることが多いです。個人や企業からお題をいただいて。自分の内側にあるものを歌にするよりは難しいですが、やりがいもあります。歌人で良かったと思える。
木下


契機は、短歌の個人販売プロジェクト『あなたのための短歌一首』だろう。購入者からの「お題」をもとに短歌をつくる。2017年より始め、約700首の歌をつくった。
短歌って遠回りなんですよ。普通にしゃべって伝えるほうが早い。だけど、遠回りするからこそ拾えるものがある。聞こえてくる声がある。見える景色がある。他者へ意識が向いてから、自分の歌も変わりました。今後の変化も楽しみです。
木下


受け継がれる味、続いていく暮らし。優しい味に包まれる「乾物カフェ mamesaya」
祈りの場所から、暮らしの場所へ。世田谷線沿いの穏やかな空気に、自然と足取りも軽くなる。最後に向かうのは、Ruiさんおすすめの「乾物カフェ mamesaya」だ。



いただいたのは「自家製ローストビーフ丼」。低温調理で仕上げた柔らかいローストビーフの周りを、味噌汁や乾物の煮物が彩る。


お味噌汁、すごくおいしいです。
木下

ありがとうございます。うちは、もともと乾物屋なので、材料にはこだわりがあるんです。
足立

メニューを解説してくれるのは店主の足立麻由美さん。足立さんの祖父の代から三軒茶屋で「足立商店」という乾物屋を営んでいたが、2021年に移転。カフェとして新装開店した。

乾物でおすすめはありますか?
木下

そうですね、お豆でしょうか。鎌倉の大豆と丹波の黒豆をかけ合わせた豆で、普通の黒豆より少し大きいんです。
足立


入口に乾物が売ってましたね。
木下

そうなんです。商品と一緒に置いているのが、祖父がつくった看板です。
足立


すごい達筆ですね。乾物屋からカフェに転身されたのはなぜですか?
木下

私の母が「乾物をもっと身近に食べてもらいたい」と、カフェをやりたがっていたんです。父は「うまくいかないんじゃないか」と反対していたのですが、私と母で強く押し切りました(笑)。
足立

開店当初は、足立さんの母、足立さんを中心に店を切り盛りしていたそうだ。現在は、母のレシピを受け継ぎ、夫婦で切り盛りしている。
母は去年亡くなったんですが、この味は残したくて。うちのレシピの多くは母から譲り受けたもの。常連さんたちに支えてもらっていまがあります。
足立


じつは、足立さんと木下さんには「怪談好き」という共通点がある。ひとときのあいだ、「怪談談義」に花が咲く。
少し前までは週5日ボクシングをするほど熱中しましたけれど、いま、癒しを感じるのは怪談なんです。
木下

私もよく動画を見て、背筋を凍らせています(笑)。周りに「怪談好き」の方があまりいないので嬉しいです。
足立

心霊スポットは行かれます?
木下

心霊スポットは行かない派なんですけど(笑)。いつか、このお店で怪談イベントができたら面白いな、なんて思っていて。
足立

このおしゃれな空間で怪談、いいですね。
木下


木下さんは、怪談のどういうところに惹かれますか?
足立

怪談も歴史が長いので、一度使った手は使えないし、つねに新しいアイデアを出さなければならない。そのハードルを越えて驚かせてくれるところに魅力を感じていますし、短歌も似ているところがあるのでシンパシーを感じているのかも。
木下

滞在の終わりに、「また来たくなるまち」
食事を終え、店を出るころには、昼下がりの光がまちをやさしく包んでいた。二日間を振り返りながら、あらためてまちの印象について聞いてみた。
世田谷は「高級住宅街」のイメージがあったのですが、実際に歩いてみると、もっと穏やかで、居心地が良いまちだなと感じました。 親しみやすくて、自然に歩み寄ってくれる感じがある。どこか地元の山口を彷彿させるような落ち着きのある場所でした。
木下

短い滞在のなかで、まちの速度に身を委ね、食べ、話し、歩いた。その積み重ねが、まちの印象を少しずつ書き換えていったのだろう。
第二のふるさとができたみたいでした。必ずまた帰ってきたいです。
木下


特別なものではなく、暮らしの延長にあるもの。このまちで出会った風景や言葉もまた、そんなふうに、静かに残っていくのかもしれない。
世田谷線のゆっくりとした速度は、滞在を終えてもなお、身体のどこかに留まり続けている。


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〜 木下龍也の滞在ノート 〜
東京の時間の流れは速い。忙しさに追われ、目の前の仕事に集中していると、速いということすら忘れてしまい、流れていった時間をふりかえることもままならない。
日々というふうにまとめておいても徐々にどこかへ消えてしまう。速いこと、忘れてしまうこと、ふりかえらないこと、失われていくことに僕は慣れすぎている。
そんなことに気付かせてくれたのが、上町をゆっくりと流れる時間だった。それは自然発生するものではないだろう。世田谷線が、住む人々が、丁寧に根付かせてきたものだ。その一端に触れさせていただく素晴らしい滞在だった。
ありがとうございました。走り疲れる前に、また来ます。
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