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No.048

学生のご縁飯 〜桑沢デザイン研究所〜

1年中硴(カキ)を食べられる松陰神社前・アリク。店の存続を支えた、桑沢の学生デザイナーたち

  • 取材・文:原里実
  • 写真:沼田学
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)

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2014年に東急世田谷線の松陰神社前駅近くでオープンし、良質な硴(カキ、*1)を提供する居酒屋として愛されるマルショウ アリク(以下、アリク)。一年中美味しい硴が食べられ、居酒屋の枠にとらわれない活動で唯一無二の存在感を放つ店だが、じつは2度の移転と、それに伴う閉店の危機を経験している。

そんな店の歴史に深く関わっているのが、グラフィックデザイナー・アートディレクターで専門学校・桑沢デザイン研究所や東北芸術工科大学で教員を務める髙谷廉さんと、その教え子たち。店の軒先にはためくのれんや、アイコン的な硴のイラストレーションなども、彼らがデザインしたものだ。

今回は髙谷さんの教え子としてこれらのデザインに携わった丸山廉太郎さんと、店主の廣岡好和さんにインタビュー。店と桑沢デザイン研究所の縁、利用客との向き合い方に関する廣岡さん独自の哲学、そして松陰神社前エリアの魅力などをひも解いた。

*1 「硴」は「牡蠣」を意味する漢字。表現にもこだわりが。この記事では「硴」に統一

ずっと祭りをやっている店主と、桑沢デザイン研究所の縁

——丸山さんとアリクの出会いについて聞かせてください。

いまの勤め先に就職する前に、桑沢デザイン研究所に通っていました。当時、広告の授業テーマが「アリクと廣岡さん」だったんです。教員の髙谷廉さんが、2014年の開業当初からアリクの常連だったそうで。

丸山

アリクはこれまでに2度移転していて、世田谷区の若林にあった2か所目の物件は、入居時から2年の定期借家と決まっていました。それで立ち退きまであと1年とちょっとになった2023年の春に、髙谷さんが「アリクが存続するために、デザインの力でできることは何か?」をテーマに授業を企画してくれたんです。

廣岡

——斬新な授業ですね。

実験的ですよね。アリクはすでに10年近く続いていて、それなりに知られた店でしたが、資金面など課題も少なくありませんでした。そういう実情もふまえて、単に「見栄えを整える」のではなく、「本質的な課題解決のためのデザイン」を模索する授業は、学生たちにとって将来の糧になると感じました。 それに僕自身も、参加することで学びを得られるはずと思い、引き受けました。期間中は、学生一人ひとりからインタビューを受けたりしながら、互いに理解を深めました。

廣岡

そう。初めてアリクを訪れたのは、授業の課題に向けたインタビューのためでした。それ以来何度も店に行って、ヨッシーさん(廣岡さん)の話を聞いたんですよね。僕は授業内の企画を主に担っていたので、回数としては一番多かったと思います。

丸山

かつて桑沢デザイン研究所で学び、現在グラフィックデザイナーとして働く丸山廉太郎さん

最終的に僕たちは、アリクを題材にした祭り『アリク祭“デ”』を2024年1月に開催しました。ごはんやお酒はもちろん、曲芸や餅つき、詩の朗読、DJなど、さまざまなコンテンツを集めました。

丸山

——祭りを開くことになったのは、なぜですか。

廣岡さんって、ずっと祭りをやっているような人なんです。江戸太神楽(*2)の演者や講談師などを店に呼んでイベントを催したりとか。

丸山

*2 獅子舞や傘回しなどで観る者を楽しませる伝統芸能

人との出会いのなかで「こんなことやったら面白そう」という話が出ると、そのまま実現したくなるんですよね。その積み重ねで、ここまできた感があります。

廣岡

2014年にマルショウ アリクを開業した廣岡好和さん。それ以前は飲食店や硴に特化した仲卸業者に勤務。いまの場所での営業は2024年4月に開始。アリクを運営しつつ、音楽活動も展開中(*3)

*3 楽曲などの詳細はこちら

——なるほど。その祭りにつながった授業をきっかけに、アリクと桑沢デザイン研究所の縁が深まったわけですね。

そうですね。移転資金を募るための取り組みや、2024年4月にオープンしたいまの店のデザインも、廉くん(髙谷さん)と廉太郎くん(丸山さん)たちが担ってくれたんですよ。

廣岡

新しいアリクのVI(ビジュアルアイデンティティ、*4)は、アートディレクター役の髙谷さんと僕、イラストレーション担当のポラード碧さんの3人で進めました。意見を出しながら、のれんやイラストレーションをつくって、自分にとってすごくいい経験になっています。

丸山

*4 ここでは、のれんやチラシ、ポスターなど店の「見え方」の総合的なグラフィックデザインのこと

丸山さんとポラードさんがデザインしたのれん。硴を描いたイラストレーションが人目を引く。髙谷さんがアートディレクションを担当

「クリーミー」「濃厚」など定番キャッチフレーズは使わない。アリクが伝える硴の奥深さ

廣岡さんが2014年に初めて店を構えたのは、松陰神社前の商店街。当時から、軒先で野菜を販売したり、商店街を巻き込んで蚤(ノミ)の市などのイベントを開いたりと、居酒屋の枠にとらわれずに活動してきた。音楽活動も行っている廣岡さん自身が、ときに店内で弾き語りを披露することも。

そんな店主の魅力もさることながら、アリクを語るうえでは、築地から仕入れる新鮮な硴の美味しさも大きなポイントだ。

——アリクがどんな店かについても、聞かせてください。

店の紹介をするときは、いつも「硴やです」と言っています。季節を問わず、さまざまな産地の硴を食べ比べられるのが特徴です。じつは硴って、一年中食べられるんですよ。

廣岡

——冬だけだと思っていました。

たしかに、そう言う人は多いです。アリクを開く前に勤めていたのが築地市場の仲卸業者で、全国各地の硴を扱いながら、場外ではオイスターバーを運営していました。 その店はいつも行列ができていて、「硴ってこんなに人気なんだ!」と驚いたんですよね。でも一年中硴を食べられる店は限られていて、需要と供給のバランスがとれていない。簡単にいうとそれで、硴やを始めました。

廣岡

アリクの硴は、とにかく美味しいんです。正直、もともと硴がそこまで好きじゃなくて……。味に癖があるし、安くもないので、わざわざ食べなくてもいいかなと。でもアリクで食べて、「こんなに美味しいんだ!」と目から鱗(うろこ)でした。

丸山

異なる産地の硴3種を味わえる、食べ比べセット。この日は北海道、岩手県、大分県の硴を提供

産地や季節によっても、ぜんぜん味が違います。アリクに来るようになって硴が好きになったし、その奥深さを知りましたね。

丸山

産地やブランドごとに、「クリーミー」とか「濃厚」とか、キャッチフレーズみたいなものがあるんです。でも実際は、同じ産地やブランドでも時期などによってぜんぜん味が違う。 お客さんに先入観を持ってほしくないので、接客の際にはあえて味を言葉で表現していません。その人自身が味わって抱いた感想を、大事にしてほしいんです。

廣岡

休載漫画の再開を待つ気持ちで、客の再訪に備える

——丸山さんにとって、アリクの魅力とは。

居心地のよさですね。初めてのときから、なぜか前にも来たことがあるような……なつかしい感じがしたんです。1人で来ても、ほかのお客さんと同じカウンターを囲むうちに、自然とコミュニケーションが生まれます。

丸山

居心地については、つねに考えていますね。それぞれ目的を持って訪れた人たちに対して、どうしたらアリクという空間が最大限の満足を提供できるのか。1人で来た人、複数で来た人、最初からいる人、あとから来た人……そこにいる全員が心地よく過ごせるにはどうしたらいいか、いつも気を配るようにしています。

廣岡

——具体的に、工夫していることはありますか。

全体の雰囲気を見ながらも、一人ひとりと向き合うことですね。たとえば「おすすめは?」ってよく聞かれるんですけど、僕にとって全員におすすめできるものって存在しなくて。人それぞれ、好みや気分があるはずなので、いろいろと話しながら、その人が本当に求めているものを引き出していきます。

廣岡

アリクは、料理やお酒以上に「人」に向き合う店なのかもしれません。僕はそういう店にあまり出会ったことがなかったので、その意味でも新鮮でした。

丸山

たしかに、僕が店をやっている理由は「人」が好きだから。硴や酒はその媒介、という意識があります。飲食業界に入って20年以上になりますが、その間に東日本大震災やコロナ禍など、強い意思がなければ続けられない出来事が何度もありました。 それでも続いているのは、一度来てくれたお客さんにまた会いたいからなのかなって。

廣岡

僕はその人が前にしてくれた話の続きを、いつも聞きたいんです。でも、次にいつ来てくれるかはわからない。休載の多い連載漫画の続きを待っているみたいな気持ちです(笑)。 ときには「そろそろあの人が来るだろう」と思って、その人が好きな食べ物を用意して待ったけど、結局会えなくて自分で食べたり。そんなことの繰り返しです。

廣岡

人の力で、まちは変わる。松陰神社前に必要なのは、大きな流れをつくれる人

2度の移転を経ながら、世田谷線沿線で店を続けてきた廣岡さん。最初に松陰神社前で店を開いたのは「たまたま物件が見つかったから」だと言うが、店を経営しながら近くで暮らすようにもなり、地域の魅力に気づいたという。

——松陰神社前駅周りの魅力とは。

穴場的な場所だと思います。住んでみて驚いたんですよね、「東京でここまで人と人の距離が近くて、ゆったりとしたまちがあったんだ」と。

廣岡

それに僕が住み始めたのと同じ時期に、親交のあった、おもしろい活動をしている人たちが続々と近くに引っ越してきたんです。店を始める人も多かった。文化を大事にする同世代が増えて、まちの居心地がどんどんよくなっていきました。

廣岡

僕もこのあたりには、「縁や文化を大事にするまち」というイメージを抱いています。

丸山

お客さんも近くで暮らす、もしくは働いている人が多いですが、ほどよい距離感でやりとりできる人たちだと感じます。自分なりの価値観を持ちつつ、それを周りに押しつけたり、逆に人から影響されすぎたりすることがなく、「個と個」で接することができるというか。

廣岡

世田谷線の雰囲気もいいですよね。学生からお年寄りまでいろいろな人が乗っていて、生活に根ざしているのを感じます。

丸山

——松陰神社前駅周辺の今後について、思うことはありますか。

ほかのまちのイベントなどにも参加してきたなかで感じていることは、まちって人の力で大きく変わるということ。 酒場、本屋、イベントスペースなどから文化を発信する人もいれば、そうした営みをつないで、大きな流れをつくる人もいる。特に後者の役割を担う人が足りていないので、行政や東急さんのような企業には期待しています。

廣岡

「店と客」ではなく、「人と人」としての関係性が築かれる場所。取材を終えて、アリクという店に対して抱いた印象だ。

廣岡さんが忙しいときに、客が自分でビールを注ぐこともあれば、客の1人が持ってきた旅先の土産を、カウンターを囲む全員で分け合うこともあるという。

2度の閉店危機を経てなお店に立つ廣岡さんは、「続けるのは自分のためでもあるけれど、ここに来るお客さんのためでもある」と語る。アリクという場所に生まれたゆるやかなコミュニティを愛する人たちのため、廣岡さんは今日も硴の殻(から)をむく。

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Information 取扱店舗情報

マルショウ アリク

住所:東京都世田谷区世田谷4-20-3 飯塚アパート1階

TEL:070-6553-4039

営業時間:17:00〜22:00(予約制。電話やSNSのメッセージなどで予約可)

定休日:月曜(イベントなどにより、休業日や営業時間が変更となる場合があります。ご来店前のご確認がおすすめです)

アクセス:東急世田谷線松陰神社前駅から徒歩約4分

店舗情報は2025年11月の取材時点のものです。

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