縁線図鑑縁線図鑑気づけばほら、つながりだらけ。

No.041

同郷人のご縁飯 〜沖縄〜

カウンターに漂う琉球の風。穏やかな雰囲気を味わえる、荏原町・CAFE&BAR HALCOHA

  • 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
  • 写真:北原千恵美
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)

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ある日ふと、何気なく立ち寄った店。気づけば足しげく通うようになり、自分にとってかけがえのない場所になっている。

そうやって常連になった人が多いのが、東急大井町線の荏原町駅近くにある「CAFE&BAR HALCOHA」。店主の川上恵世(しげつぐ)さんは沖縄出身で、カウンター席では「うちなーぐち」と呼ばれる沖縄言葉が飛び交うことも。周辺に住む沖縄出身者にとっては、遠い故郷を感じられる特別な店だ。

沖縄本島の浦添市から上京した島袋巧(こう)さんも、日常的にHALCOHAを訪れる常連の1人。同郷の先輩たちと和やかな会話を楽しみながら、泡盛、沖縄タコス、タコライスなどを味わう。そんなひとときは、故郷から離れて暮らすなかで、なくてはならないものになっている。

兄弟のように仲がいい島袋さんと川上さんに、店の魅力や2人のルーツである沖縄への思いを語ってもらった。

たまたま入ったバーが、地元・沖縄の店だった

――常連の島袋さんは沖縄出身ということですが、やはり地元つながりということでこの店に通い始めたのでしょうか。

初めて来たのは、2022年ですね。東京に引っ越してきたばかりで、近所に沖縄の店がないか探していました。ただ、HALCOHAを見つけたのは偶然で、ふらっと入ってみたらたまたま沖縄の人がやっている店だったんです。

島袋

2022年からHALCOHAに通い続ける島袋巧さん

カウンターにシーサーをあしらった泡盛の甕(かめ)が置かれているのと、店主のシゲさん(川上さん)の顔立ちを見て、ピンと来ました。

島袋

シゲさんとは沖縄出身というだけでなくレゲエ好きという共通点もあって、すぐに打ち解けられましたし、沖縄出身の常連さんもいて居心地がいいなと。それから通うようになりました。

島袋

――特に、どんなところに居心地のよさを感じましたか。

店の雰囲気もシゲさんの人柄も好きですし、ほかのお客さんたちも話していて楽しいので。 あとは、沖縄の言葉で話せるのは大きいかもしれません。たまにカウンター席が沖縄の人だけで埋まることもあって、そういうときは特に「沖縄語」が飛び交っていて楽しいですね。盛り上がりすぎてみんななかなか帰らないから、シゲさんは大変だと思いますけど(笑)。

島袋

いつも沖縄の人ばっかりっていうわけではないんですけど、集まるときは集まりますね。カウンターでたまたま居合わせた人同士が、もともと沖縄で友達だったみたいなこともあります。

川上

2019年にHALCOHAを開業した川上恵世さん

ここで知り合ったお客さん同士が仲良くなることも多くて、どこかで一緒にご飯を食べてきたあとに2次会でうちに来てくれたり、店を閉めたあとにみんなで飲みに行ったりすることもありますね。

川上

シゲさんが、お客さん同士をつなげてくれることもありますよね。僕がもともと聴いていたレゲエのアーティスト(*)がたまたまシゲさんの友人で、その人が来店したときに僕を呼んでくれて一緒に飲ませてもらったこともありました。あとは、ここで知り合って飲んだ人と後日道端で偶然会って「先日はどうも」みたいに言われることもある。たまに酔いすぎて記憶がないときもあるので、その場合はシゲさんに「俺、前回ここで誰と飲んでましたっけ?」とこっそり聞いて答え合わせをしています(笑)

島袋

*アーティスト名はNEWMAN。こちらより視聴可能

タコスは生地からつくり、タコライスはスパイスの調合にもこだわるHALCOHA流の沖縄料理

沖縄料理店と勘違いされがちだが、HALCOHAはあくまでお酒と会話がメインのバー。それでも川上さんがつくる沖縄料理を求めるファンは多く、特に研究を重ねたタコライスと沖縄タコスが人気だ。

――バーでありながら本格的な沖縄料理を提供しています。オープン当初からこのスタイルだったのでしょうか。

途中から少しずつですね。もともと料理は好きでしたし、沖縄のお客さんも来てくれるので、そういう常連さんが帰省しなくても地元の味を楽しめるようにということでフードメニューを始めました。居酒屋ではないのでメニュー数は少ないのですが、ちょっとしたつまみや、沖縄そば、沖縄タコス、タコライスなど、基本的には自分が好きな料理をつくっています。

川上

シゲさんの料理を食べると地元を思い出して懐かしい気持ちになりますし、何よりどれも本格的で美味しいんです。沖縄そばは出汁から、タコスは生地からつくっているし、タコライスもシゲさんが自分でスパイスを調合しているらしくて。 変なアレンジがないのもうれしいんですよね。具材もシンプルですし、沖縄の人がつくる正統派の沖縄料理という感じがします。 この「スーチカー」(豚の塩漬け)は、HALCOHAでは初めて食べました。実家だとお母さんがよくつくってくれる、沖縄の定番料理です。

島袋

豚バラの塊(ブロック)を塩漬けしたスーチカー

やっぱり美味しいですね。柔らかくて、旨味が凝縮されています。

島袋

――メニュー数をしぼっているぶん、一つ一つの料理は手が込んでいますね。

必要にかられてやっている面もあります。たとえば沖縄タコスの生地って、レシピを調べてもあまり出てこないんです。だから、自分で試行錯誤するしかなくて。とうもろこしの粉と小麦粉の配合を変えながら、パリパリになりすぎず、柔らかすぎない「パリモチ」くらいの食感にしています。

川上

生地も店内でつくる沖縄タコス
タコスの生地をつくるためのプレス機

タコライスも、チリパウダーやガーリックパウダー、クミンなどいろいろなスパイスを使って調合を変えたりしつつも、なかなかベストな味にならなくて……。レシピが固まるまで、3か月くらいかかりました。

川上

あくまでバーなので料理がメインではないけど、楽しみにしてくれるお客さんもいます。できる範囲にはなりますが、これからもいろいろな沖縄料理に挑戦してみたいですね。

川上

「東京にもこういう場所があるのか!?」。いい意味でユルい荏原町

川上さんが沖縄から上京したのは、約20年前。当時は「遊びにきた」程度の感覚で、すぐに帰るつもりだったという。しかし、気づけば東京で家庭を持ち、店を開き、東急線沿線に根を下ろしている。いまでも地元を忘れることはないが、数々の縁が生まれた荏原町という場所も大切だという。

――あらためて、川上さんが2019年に店をオープンした経緯を教えてください。

20年近く前に“ノリ”で沖縄から東京に出てきて、家もなかったので繁華街のバーで住み込みで働いていました。最初は2年くらいしたら地元に帰ろうと思っていたんですけど、なんとなくこっちに居続けるうちに結婚をして、子どもも生まれて。 子育てのことを考えて、それまで住んでいた都心を離れると同時に、子どもの近くで仕事をしたいと独立を決めました。

川上

荏原町を選んだのは、たまたま駅前にいい物件が見つかったからですが、街の雰囲気が自分に合っていると思いますし、人もあたたかい。この街にきて、本当によかったと思いますね。

川上

――独特の、のどかさがありますよね。

上京後はずっと繁華街の近くにいたこともあって、荏原町に住み始めたときは「東京にもこういう場所があるのか」と驚きました。地方出身者も多く住んでいるからか、東京らしからぬ、いい意味でユルい雰囲気があるというか。昔ながらの商店街も残っていたり、地域のお祭りもあったりして、いわゆる下町感がありますね。

川上

子育て環境も交通アクセスもいいので、最近は新しく住み始める人も増えているみたいですね。

川上

年の離れた年長者にも自然と甘えられる。店を大事にする客の優しいコミュニティ

東京暮らしが長くなった川上さん、島袋さんだが、やはり地元の沖縄は特別な存在。離れたからこそ気づいた魅力や思いもある。いつかまた地元に帰りたいという2人に、生まれ育った街のこと、そして、遠い沖縄を思い出させてくれるHALCOHAという場所について、あらためて聞いた。

――島袋さんは沖縄の浦添市、川上さんは北谷町(ちゃたんちょう)の出身ということですが、ふるさとの魅力を教えてください。

浦添は琉球王国時代の城(浦添城)があったり、当時の王様(英祖王)の墓があったりと、王朝の歴史を感じることができるんです。地元民としては誇りですね。

島袋

それから、沖縄島北部の「ヤンバル」と呼ばれる地域に父方の実家があります。自然に囲まれていて、心が本当に落ち着く大好きな場所ですね。人生の最後は沖縄で過ごしたくて、いつかは浦添かヤンバルに帰りたいと思っています。

島袋

小さいころは平安座島(へんざじま)という小さな島で暮らしていました。本当に海しかないようなところですけど、人も少なくのんびりした雰囲気が魅力です。平安座島には小学校6年生までいて、そこから沖縄市に引っ越し、最終的には北谷町に移り住みました。北谷も大好きな場所ですね。

川上

故郷はどこかと言われたら、平安座島と北谷。家族と帰省するときは、北谷だけでなく平安座島にも立ち寄るようにしています。

川上

――川上さんも島袋さんのように、いつかは沖縄で暮らしたいですか。

そういう思いもありますね。子どもが小さいのですぐに移住は難しくても、沖縄にも店を出して、東京と沖縄の2拠点を行き来できたらいいなと。具体的な計画があるわけではないけど、情報はちょこちょこ得るようにしたりしています。

川上

――候補はやはり北谷ですか。

北谷もいいですけど、もっと田舎の、本当に何もないようなところでもいいかもしれません。沖縄にいるときはあまり思わなかったけど、東京にきてから自然しかない場所、何も考えずにゆっくりできる場所のよさをあらためて感じるようになりましたね。

川上

――沖縄出身の人は地元に対して特別な思いを抱いている人が多いように思います。そんな人たちにとって、この店は大切な場所になっているのでしょうね。

そうであれば、うれしいですね。

川上

客側からすると、本当にそうだと思いますよ。ここに集まる沖縄出身者は明るくフレンドリーに接してくれる人ばかりなんですけど、それはたぶんHALCOHAのコミュニティや雰囲気を壊したくないからだと思います。 年長者の人たちもこの場所を大切に思っているから、年下や後輩に優しくする。そんな人にも自然と甘えられるのが、HALCOHAです。こういう店が身近にあるのはありがたいし、大事にしたいですね。

島袋

2人の穏やかな口調も相まって、ゆったりとした時間が流れる店内。いまにも三線の音が聞こえてきそうだ。

泡盛と沖縄料理、そして耳に心地よい沖縄言葉。その独特の雰囲気に癒されにくるのは、何も沖縄出身者だけではない。ときには他県出身の常連客がここでの触れ合いをきっかけに沖縄の魅力を知り、川上さんの地元を訪れることも。見慣れた地元土産を片手に、旅の思い出話を聞くのが何より楽しいと川上さんはいう。

沖縄の同志だけでなく、沖縄と他県の縁を結ぶ。HALCOHAはそんな場所なのかもしれない。

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Information 取扱店舗情報

CAFE&BAR HALCOHA

住所:東京都品川区中延5-7-5 清塚ビル2F

TEL:03-6451-3029

営業時間:19:00〜0:00

定休日:日曜、祝日

アクセス:東急大井町線荏原町駅から徒歩約1分

店舗情報は2025年8月の取材時点のものとなります。

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