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No.040

同郷人のご縁飯 〜鹿児島〜

郷土愛の深さが、味と雰囲気にあらわれる。県人会の御用達「おいどん」に集う、鹿児島の人々

  • 取材・文:三浦希
  • 写真:松浦文生
  • 編集:瀧佐喜登(CINRA)

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目黒からわずか1駅にもかかわらず、どこか下町らしい空気が漂う東急目黒線の不動前。庶民的な店が並ぶ小さな商店街からかむろ坂へ向かう途中に、瓦屋根で覆われた階段の入口が現れる。その階段を降りていくと、鹿児島のぬくもり溢れる薩摩料理居酒屋・おいどんが静かに佇む。ここは、鹿児島出身のオーナー・原口悟郎さんが営む郷土料理居酒屋だ。

黒牛、六白黒豚、黒さつま鶏といった鹿児島の誇る食材を使った料理は、現地の人をもうならせる本物の味。芋焼酎の香りに包まれた店内では、鹿児島弁の会話が飛び交い、初めて訪れた人でさえ「懐かしい我が家に帰ってきたようだ」と感じるという。

集うのは、鹿児島にルーツを持つ人や地元の人々。かつて渋谷に店を構えた頃から愛され、いまでは県人会館「三州倶楽部」や地元商店街とも深く結びつき、不動前の街に欠かせない存在となった。

なぜこの不動前の地に、これほどまでに熱い鹿児島県人の縁が生まれたのだろうか。オーナーの原口さんと、オープン当初からの常連だという下園典子さんに、お店の誕生秘話や、人々を惹きつけてやまないその魅力をうかがった。

オーナーの原口悟郎さん(右)と、常連の下園典子さん(左)
薩摩古民家風の雰囲気で、座席数は100席以上もある

都内なのにまるで鹿児島。県人会がつないだ温かな縁

――原口オーナーは、どういったコンセプトでこのお店を始められたのでしょうか?

実家は霧島連山の麓で小さな飲食店を営んでいて、その風景や温もりが自分の中に根づいています。上京してからは「東京で故郷の料理を出せば、多くの人に喜ばれるだろう」と思うようになりました。その思いを形にしたのが「おいどん」です。居酒屋ではなく、郷土の家をそのまま映したような場所を目指しました。

原口

――店名の「おいどん」には、どのような想いが込められているのでしょうか?

「おいどん」というのは、地元の名士・西郷隆盛さんの一人称にちなんで名付けました。私自身も西郷さんの教えに共感し、月に一度は上野の西郷さんの像を掃除しています。ちなみに店には、霧島から持ってきた蜂の巣なども飾ってありますよ。それほどに鹿児島のルーツを大切にしているんです。

原口

――下園さんは常連客とのことですが、「おいどん」との出会いについて教えてください。

「関東鹿児島県人会連合会」がきっかけです。会の集まりや飲み会は、ほとんどこのお店を利用しています。もともと渋谷の109の前に店があった頃から使っていて、2022年に渋谷店が閉じてからは、目黒の会館「三州倶楽部」から近い、この不動前店に集まるようになりました。

下園

――県人会がつないだご縁、ということですね。

そうです。私たちの県人会は結束力が強く、20代から80代まで幅広い世代が参加しています。年に一度は渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで700人規模の大会を開催し、知事や国会議員の先生方も参加されます。その大会が終わると、かつては渋谷、いまはこの不動前のお店に流れてくる。そういう場所なんです。

下園

店名の「おいどん」の名は西郷隆盛が自称した言葉に由来。ちなみに鹿児島弁では自分のことを「おい」と呼ぶ

なぜ地元民もうなる本物の薩摩料理が出せるのか?

「おいどん」が人々の心を惹きつけるのは、料理への徹底したこだわりがあるからだ。鹿児島の誇りを映し出す薩摩料理。その真髄を、生まれ育った2人の言葉からひも解く。

―― 鹿児島の味を知る皆さんをとりこにする、メニューのこだわりを教えてください。

特に力を入れているのは、鹿児島の特産品です。「鹿児島黒牛」や「六白黒豚」、そして地鶏の「黒さつま鶏」など、鹿児島が誇る最高の食材を揃えています。名物の「鶏刺し」は、レバーや砂肝まで生で提供していて、その新鮮さには鹿児島から来たお客さんでさえ驚かれますね。実際に「かごんま(鹿児島)よりうまいね」と言ってもらえるのは、本当にうれしいです。鹿児島と同じように鶏肉を刺し身で食べられる店は都内でなかなかないと思います。

原口

鶏刺しは鹿児島県を中心とした南九州の郷土料理。鶏肉をスライスし、薬味とともに食べるお刺身

――下園さんのおすすめの召し上がり方はありますか?

レバーは塩とごま油でいただくのが最高です。まったく臭みがなくて、この新鮮さを保てるのはすごいこと。昨日も南さつま市の市長が出張で訪れ、「鹿児島でもこんなに美味しいものは食べたことがない」と、とても喜んでいました。

下園

人気メニュー「黒3種の鉄板焼き」。黒牛、六白黒豚、黒さつま鶏という鹿児島の誇りを一皿に込める

――(ここで「黒3種の鉄板焼き」と「角煮」が運ばれてくる)これらもお店の看板メニューですか?

そうですね。「黒3種の鉄板焼き」は、鹿児島が誇る黒毛和牛のリブロース、六白黒豚のバラ肉、そして黒さつま鶏のもも肉を一皿にまとめた人気メニューです。鹿児島の肉の美味しさを、一度に味わってもらいたくてね。

原口

――下園さんはこの角煮もよく召し上がるのですか?

本当に美味しくて、来るたびに頼んでいます。ちなみに昨日も食べたのよ(笑)。ここは、いつ来ても何を食べても、絶対に裏切らない。だから鹿児島から誰か来たら、迷わず最初にここに連れてきます。

下園

―― 「故郷のダイニング」と呼びたくなるような。

そうですね。すき煮も絶品で、見事な霜降り肉が出てくると歓声が上がります。私も都内にいくつかある鹿児島料理の店を飲み歩きましたが、ここ以上のところはありません。料理はもちろん、オーナー(原口さん)の郷土愛の深さがお店の雰囲気に表れているのだと思います。

下園

街とともに、故郷とともに。不動前から未来へつなぐ鹿児島の輪

かつては渋谷に店を構え、多くの鹿児島県人に愛されたおいどん。なぜ新たな場所に不動前を選んだのだろうか。その背景には、鹿児島の縁、そして地域とのつながりを大切にするオーナーの想いがあった。

――渋谷から移転される際、なぜ不動前を選んだのでしょうか?

理由はいくつかあるのですが、1つは鹿児島との縁です。この近くに「五百羅漢寺」というお寺があり、住職が鹿児島出身の方なんです。また、目黒にある鹿児島県人会の会館「三州倶楽部」からも近く、県人会の会合後に立ち寄りやすいというのも大きな理由です。

原口

――三州倶楽部も、皆さんにとって大切な場所なのですね。

はい。三州とは、薩摩、大隅、そして日向(宮崎)の三州のことです。この会館は、もともとは年配の方々の背中を流す助け合いの精神から始まっているんです。そうした故郷のつながりが、この目黒・不動前エリアには昔から息づいている。だから、この場所を選びました。

原口

――お店として、不動前の街との関わりで意識されていることはありますか?

もちろんです。かむろ坂さくらまつりなどには積極的に寄付というかたちで参加していますし、地元の少年サッカーチームの打ち上げで店を貸し切りにすることもあります。この10年で不動前も大きく変わりました。大きなマンションが建ち、街の景色も様変わりしている。そのなかで、地域の一員として役割をはたしていきたいと考えています。

原口

私も、お店に来る途中にあるお花屋さんや和菓子屋さんに立ち寄るのですが、顔なじみになったお花屋さんには「今日もおいどんですか?」なんて声をかけられます。そういう街の人たちとのつながりも、この店の魅力だと思いますね。

下園

――最後に、今後の展望についてお聞かせください。

鹿児島の文化や食を広めていくことは、この仕事をしている私の使命です。これからも故郷・鹿児島への誇りを胸に、さまざまな挑戦を続けていきたいですね。

原口

渋谷から不動前へと場所は変わっても、鹿児島の魂を灯し続ける店おいどん。ここは、故郷・鹿児島を離れた人々がいつでも帰れる、「東京の我が家」でもある。オーナーの原口さんの熱い使命感と、下園さんら常連客の深い郷土愛が交わることで、単なる飲食店ではない、たしかな人の輪が育まれてきた。鹿児島から不動前へ。そして、世代から世代へ。おいどんは今日も、故郷の味と人の縁を、この街で静かに紡ぎ続けている。

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Information 取扱店舗情報

郷土料理居酒屋 薩摩肉専門 おいどん 不動前店

住所:東京都品川区西五反田4-30-9 B1F

TEL:03-3493-1288

営業時間:17:00 - 23:30(月・火・水・木・金)、16:00 - 23:30(土・日・祝)

定休日:なし

アクセス:東急目黒線・不動前駅から徒歩約1分

WEBサイトはこちら

店舗情報は2025年8月の取材時点のものとなります。

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