郷土愛の深さが、味と雰囲気にあらわれる。県人会の御用達「おいどん」に集う、鹿児島の人々
- 取材・文:三浦希
- 写真:松浦文生
- 編集:瀧佐喜登(CINRA)
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目黒からわずか1駅にもかかわらず、どこか下町らしい空気が漂う東急目黒線の不動前。庶民的な店が並ぶ小さな商店街からかむろ坂へ向かう途中に、瓦屋根で覆われた階段の入口が現れる。その階段を降りていくと、鹿児島のぬくもり溢れる薩摩料理居酒屋・おいどんが静かに佇む。ここは、鹿児島出身のオーナー・原口悟郎さんが営む郷土料理居酒屋だ。

黒牛、六白黒豚、黒さつま鶏といった鹿児島の誇る食材を使った料理は、現地の人をもうならせる本物の味。芋焼酎の香りに包まれた店内では、鹿児島弁の会話が飛び交い、初めて訪れた人でさえ「懐かしい我が家に帰ってきたようだ」と感じるという。
集うのは、鹿児島にルーツを持つ人や地元の人々。かつて渋谷に店を構えた頃から愛され、いまでは県人会館「三州倶楽部」や地元商店街とも深く結びつき、不動前の街に欠かせない存在となった。
なぜこの不動前の地に、これほどまでに熱い鹿児島県人の縁が生まれたのだろうか。オーナーの原口さんと、オープン当初からの常連だという下園典子さんに、お店の誕生秘話や、人々を惹きつけてやまないその魅力をうかがった。



都内なのにまるで鹿児島。県人会がつないだ温かな縁
――原口オーナーは、どういっ たコンセプトでこのお店を始められたのでしょうか?
実家は霧島連山の麓で小さな飲食店を営んでいて、その風景や温もりが自分の中に根づいています。上京してからは「東京で故郷の料理を出せば、多くの人に喜ばれるだろう」と思うようになりました。その思いを形にしたのが「おいどん」です。居酒屋ではなく、郷土の家をそのまま映したような場所を目指しました。
原口

――店名の「おいどん」には、どのような想いが込められているのでしょうか?
「おいどん」というのは、地元の名士・西郷隆盛さんの一人称にちなんで名付けました。私自身も西郷さんの教えに共感し、月に一度は上野の西郷さんの像を掃除しています。ちなみに店には、霧島から持ってきた蜂の巣なども飾ってありますよ。それほどに鹿児島のルーツを大切にしているんです。
原口


――下園さんは常連客とのことですが、「おいどん」との出会いについて教えてください。
「関東鹿児島県人会連合会」がきっかけです。会の集まりや飲み会は、ほとんどこのお店を利用しています。もともと渋谷の109の前に店があった頃から使っていて、2022年に渋谷店が閉じてからは、目黒の会館「三州倶楽部」から近い、この不動前店に集まるようになりました。
下園

――県人会がつないだご縁、ということですね。
そうです。私たちの県人会は結束力が強く、20代から80代まで幅広い世代が参加しています。年に一度は渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで700人規模の大会を開催し、知事や国会議員の先生方も参加されます。その大会が終わると、かつては渋谷、いまはこの不動前のお店に流れてくる。そういう場所なんです。
下園




なぜ地元民もうなる本物の薩摩料理が出せるのか?
「おいどん」が人々の心を惹きつけるのは、料理への徹底したこだわりがあるからだ。鹿児島の誇りを映し出す薩摩料理。その真髄を、生まれ育った2人の言葉からひも解く。
―― 鹿児島の味を知る皆さんをとりこにする、メニューのこだわりを教えてください。
特に力を入れているのは、鹿児島の特産品です。「鹿児島黒牛」や「六白黒豚」、そして地鶏の「黒さつま鶏」など、鹿児島が誇る最高の食材を揃えています。名物の「鶏刺し」は、レバーや砂肝まで生で提供していて、その新鮮さには鹿児島から来たお客さんでさえ驚かれますね。実際に「かごんま(鹿児島)よりうまいね」と言ってもらえるのは、本当にうれしいです。鹿児島と同じように鶏肉を刺し身で食べられる店は都内でなかなかな いと思います。
原口



――下園さんのおすすめの召し上がり方はありますか?
レバーは塩とごま油でいただくのが最高です。まったく臭みがなくて、この新鮮さを保てるのはすごいこと。昨日も南さつま市の市長が出張で訪れ、「鹿児島でもこんなに美味しいものは食べたことがない」と、とても喜んでいました。
下園



――(こ こで「黒3種の鉄板焼き」と「角煮」が運ばれてくる)これらもお店の看板メニューですか?
そうですね。「黒3種の鉄板焼き」は、鹿児島が誇る黒毛和牛のリブロース、六白黒豚のバラ肉、そして黒さつま鶏のもも肉を一皿にまとめた人気メニューです。鹿児島の肉の美味しさを、一度に味わってもらいたくてね。
原口

――下園さんはこの角煮もよく召し上がるのですか?
本当に美味しくて、来るたびに頼んでいます。ちなみに昨日も食べたのよ(笑)。ここは、いつ来ても何を食べても、絶対に裏切らない。だから鹿児島から誰か来たら、迷わず最初にここに連れてきます。
下園

―― 「故郷のダイニング」と呼びたくなるような。
そうですね。すき煮も絶品で、見事な霜降り肉が出てくると歓声が上がります。私も都内にいくつかある鹿児島料理の店を飲み歩きましたが、ここ以上のところはありません。料理はもちろん、オーナー(原口さん)の郷土愛の深さがお店の雰囲気に表れているのだと思います。
下園





街とともに、故郷とともに。不動前から未来へつなぐ鹿児島の輪
かつては渋谷に店を構え、多くの鹿児島県人に愛されたおいどん。なぜ新たな場所に不動前を選んだのだろうか。その背景には、鹿児島の縁、そして地域とのつながりを大切にするオーナーの想いがあった。
――渋谷から移転される際、なぜ不動前を選んだのでしょうか?

