縁線図鑑気づけばほら、つながりだらけ。

No.038

ご縁泊 〜池尻・中目黒〜

平野紗季子が、池尻・中目黒で暮らすように滞在。個性派店が集まる、まちを味わう【後編】

  • 取材・文:原里実
  • 写真:北原千恵美
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)

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まちに「泊まる」からこそ、つながる縁を紹介する「ご縁泊」シリーズ。今回はエッセイスト・フードディレクターの平野紗季子さんに池尻大橋駅近くにあるホテル兼住居施設「ホテルレジデンス大橋会館 by Re-rent Residence」(以下、大橋会館)に滞在してもらい、個性的な飲食店が集まる目黒区東山・青葉台エリアを巡った。

この後編では、平野さんが宿泊した大橋会館の1階にあるカフェ・レストラン「Massif」(東山)と、家庭的な味で地元民に愛される「Beyond Veg」(同)での体験を紹介する。

大衆居酒屋「初場所 中目黒」、ビルの4階にひっそり佇むバー「ザ・銀皿」、そして大橋会館内の施設をクローズアップした前編はこちら

中東、欧州などの食を扱う多国籍カフェ・レストラン「Massif」でリラックス

2日目の取材は、平野さんが宿泊した大橋会館の1階にあるMassifからスタート。店のクリエイティブ・ディレクターであるマックス・ハウゼガさんと、平野さんは以前から顔見知りだったとか。

Massifのクリエイティブ・ディレクターで、運営会社・Terrainの代表を務めるマックス・ハウゼガさん(右)

マックスさんは日本橋で「Parklet」というベーカリーカフェを立ち上げたりしていて、共通の知人も多いんです。

平野

築約50年の大橋会館が複合施設としてリニューアルされるにあたり、Parkletでの経験を生かして「コミュニティが生まれるような店をつくってほしい」とオファーされたというマックスさん。ずっと東山エリアに住んでいて、会館の近くにある創業90年超の銭湯「文化浴泉」にも通っていたことから縁を感じ、引き受けたそう。

この店は、中央に山みたいな柱があるんです。普通だったら、「柱がなければ広々と空間を使えるのに」と思うかもしれないけれど、せっかく歴史ある建物で店を開くのだから、この柱を最大限に生かそうと考えました。

マックス

店の中央にある、どっしりとした山のような柱

この柱を境に東側は、ワインと食事をメインにしたレストラン、西側はもうちょっとカジュアルな雰囲気のカフェバー。なんとなく分けつつも、完全に仕切るのではなくゆるやかにつながっています。

マックス

店名のMassifは、英語で「山塊」を意味する言葉だという。

1つの山にもいろいろな表情がありますが、複数の山々がつながればもっと複雑でおもしろい。それと同じように、いろいろな人が集まって、いろいろな使い方ができる、多様性のある店にしたいなと。

マックス

深みがあって、素敵なコンセプトですね。

平野

さらに、住所が目黒区「東山」だということにもかかっていたりします(笑)。

マックス

なるほど!

平野

内装は、この近くを拠点に活動しているクリエーターたちと一緒につくりました。僕は、その土地が持つ特性に合わせて店をつくることが大切だと思っています。ワインの世界では、味に大きな影響を与える土地の気候や土壌、地形を「テロワール」といいますが、それと同じで、「その土地がほしがっている店や味」があると思うんです。

マックス

マックスさんが平野さんのために用意してくれた料理は、「北海道水ダコのグリル、サトイモと酒粕、島らっきょうと青唐辛子」。新サトイモと酒粕を使ったピューレの上に載る、グリル済みの水ダコが主役。そこに、中東の辛味ソース「シャッタ」を日本の食材でアレンジしたものがかかり、直火でさっと火を入れたオカワカメが添えられている。

やわらかな食感の水ダコは、持続可能な漁業のあり方を模索するUMITO Partnersから仕入れている

タコがすごくやわらかくて、おいしい!

平野

料理は、シェフたちがそのときつくりたいものを中心にラインアップしています。オープン当初はワインに合わせるためにネオヨーロピアン風にしていたのですが、そのうちにアジアがルーツのシェフが入って、中華料理が増えたり。いまはそこから少し西寄りに戻って、中東とヨーロッパの中間のようなメニューになっています。いつも、対外的に説明するのが難しいんだけど(笑)。

マックス

「いまここにいる人たち」のアイデンティティやルーツに根差したものを提供するって、すごくいいですね。それが流動的に変わっていくのも、とても自然なことだし。「いましかできない表現」を突き詰めているという意味で、店のコンセプトともぴったりな気がします。

平野

その土地や集まってくる人々が織りなすコミュニティを意識して、店をつくるというマックスさん。変わり続ける周辺エリアについても、話が及んだ。

池尻大橋駅の近くとか、東山エリアは本当にいろいろなお店ができていますよね。

平野

時々、知り合いが「Massifがあるから僕らも出店してみようか」と言ってくれることもあって。ライバルが増えるのは大変でもあるけど、渋谷や三軒茶屋といった近くの人気エリアに追いつけ追い越せという気持ちで、街で一丸となって盛り上げられたらいいですね。

マックス

ヴィーガンレストラン「Beyond Veg」で出会った「店で食べられる家の味」

Massifをあとにして、都心とは思えない静かな時間が流れる目黒川沿いを散歩しながら、次のスポットのBeyond Vegへ。

大橋会館の道を挟んで向かい側にある銭湯「文化浴泉」
付近には緑にあふれ地上35メートルからの眺望を楽しめる目黒天空庭園も

Beyond Vegの店先で迎えてくれるのは、山盛りになった泥つき野菜たち。

わー、おいしそうなお野菜!

平野

池尻大橋駅から徒歩約3分の場所にあるBeyond Vegは、大橋会館のフロントスタッフ・髙村佳世さんイチ押しのヴィーガンレストラン。

じつは、髙村さんはこの店がリニューアルしたあと、初めて来てくれたお客さんなんですよ。

青柳

そう感慨深げに語ってくれたのは、Beyond Vegでシェフ・マネージャーを務める青柳恭子さん。料理家の齋藤章雄さんがプロデュースするBeyond Vegは、2024年9月にメニューを一新し大幅リニューアルした。そのときから店の責任者をしているのが、青柳さんだ。

リニューアル後の店をどうしようかと考えたときに、私がまず思ったのが、少しずつでもいろいろな種類の食材・料理を食べてもらえる場にすること。あとは、「来週もまた来たい」と思えるような店にすることです。常連さんでも「これは食べたことない!」というメニューがつねにある、そんな場所を目指しています。

青柳

今回青柳さんが用意してくれたのは、日替わりプレートの1つ、「ヴィーガン牡蠣(カキ)フライプレート」と、人気メニューの「お豆腐米粉ピザ」。ヴィーガン牡蠣フライは、舞茸、豆腐、あおさ、海苔(ノリ)などで牡蠣の味や食感を再現した「もどき料理」。プレートランチはスープか味噌汁つきで、この日は色鮮やかなビーツのスープが出てきた。

栄養満点のヴィーガン牡蠣フライプレート。フライの味つけに使われている味噌は、グルテンフリーを実践する人も食べられるよう、小麦を一切使用せずつくられたもの

スープ、すごく出汁が効いていますね。うまみもたっぷり! ピザも、もちもちでおいしいです。

平野

ピザ生地は米粉と絹豆腐でできており、グルテンフリー

できるだけオーガニックの野菜を使い、添加物は避け、一部の調味料は手づくりしているというBeyond Veg。提供するメニューの多くに「レシピがない」ことも特徴だ。

同じメニューでも、つくる人によって少しずつ味が変わるんです。すると常連さんにも新鮮な気持ちで味わってもらえるし、料理好きのスタッフたちの個性も生かすことができる。「いつも同じ味を提供するのがプロ」という意見もあるかもしれませんが、私たちは「自宅に友達を呼んで振る舞う感覚」を大切にしているんです。

青柳

すごく素敵ですね。最近、外食に対して「店でしか食べられないもの」ではなく、「店で食べられる家の味」を求める人も増えているように感じるんです。でもそういう味を提供する店は、まだ多くない。だからBeyond Vegのように食材と手仕事にこだわって、「家族をいたわる」ような気持ちで迎えてくれる場所は、街にとって大きな価値だと思います。

平野

そう言ってもらえると、勇気づけられます。リニューアル当初は、やっぱり不安でした。本当にお店として成り立つのかなって。少しずつ常連さんが増えてきて、ようやく「これでいいのかも」と感じ始めているところです。お客さまから「今度はこういうものが食べたい」というリクエストをもらうとうれしくて、一生懸命その期待に応えようと頑張っています。

青柳

そんな青柳さんの姿勢もあってか、多くの人がBeyond Vegを訪れるようになっているという。ヴィーガンではなくても楽しめる店なので、客層の幅は広い。「おいしい野菜をたくさん食べたい」「家庭的な味が恋しい……」。そんな思いを抱えた都会人が、多いからかもしれない。

「変化の最中にある街ならではの勢いやおもしろさに、すごく刺激を受けました」

Beyond Vegは、オーガニック系の食材、健康食品、雑貨などを扱うスーパーマーケット「オーサワジャパン」の一画を間借りして営業している。店を出る前に、オーサワジャパンの売り場ものぞいてみた。

おいしそうな野菜とか、こだわり抜かれたものばかりですね。こういうお店が近所にあると、料理をする人は毎日が楽しくなりそう!

平野

ちなみにオーサワジャパンから5分ほど歩いた場所には、スーパーマーケット「ライフ目黒大橋店」もある。幅広い品揃えが魅力のライフと、ほかにないユニークな品が並ぶオーサワジャパン。使い分けることで、自炊生活も充実しそうだ。

「あ! このジンジャーエール大好き!」(平野さん)
「冷や汁の素がある! 買って帰ろうかな」(同)

2日間の取材を終えた平野さんに、「このエリアに住んでみたらどんな暮らしになりそう?」という質問をぶつけてみると、「なんだか、すごく健やかに暮らせそう」という言葉が返ってきた。

普段の生活に「絶妙に足りていないもの」が得られた2日間でした。黄昏時の空がすごくきれいに見えるザ・銀皿のバルコニーとか、やさしくておいしいごはんを食べさせてくれるBeyond Vegとか……。日常のなかで見落としがちだけど、大事にしなきゃいけないものが散らばっているエリアだなって。それに、このエリアは渋谷から電車で数分の場所だけど、小道に入ると意外なほど閑静。ゆったりとした時間を過ごせる独特な魅力を、あらためて確認できました。

平野

そして各店の店主との対話からは、エッセイスト・フードディレクターとしての自身の活動にもつながる、大きな刺激を受けた様子。

皆さんがいろいろなかたちで自分たちの表現やビジネスを追求している姿を間近で見られて、俄然やる気が出ました。このエリアって、どんどん新しいお店が生まれていて、この先もっと盛り上がっていくはず。そういう変化の最中にある街ならではの勢いやおもしろさに、すごく刺激を受けました。

平野

店主たちがこれまでに歩んできた人生と、その土地や地元の人々が長い時間をかけて育んできた空気やコミュニティ。それらが交差することで新たに何かが生まれ、次なる芽吹きの糧になる。

そんな街の物語には、住む人、店などを営む人のほか、訪れる人たちも欠かせない。「場所と人が織りなす物語」に思いを馳せながら、変わりゆくこのエリアを歩いてみてはどうだろうか。「いまの自分」にしか見つけられない、街の魅力に出会えるはずだ。

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Information 取扱店舗情報

ホテルレジデンス大橋会館 by Re-rent Residence

住所:東京都目黒区東山3-7-11

アクセス:東急田園都市線池尻大橋駅から徒歩約4分

WEBサイトはこちら

Massif

住所:東京都目黒区東山3-7-11

TEL:080-7111-5451

営業時間:火曜〜金曜は8:00〜16:00と18:00〜23:00、土曜は8:00〜23:00、日曜は9:00〜17:30

定休日:なし

アクセス:東急田園都市線池尻大橋駅から徒歩約4分

WEBサイトはこちら

店舗情報は2025年7月の取材時点のものとなります。

Beyond Veg

住所:東京都目黒区東山3-1-6

アクセス:東急田園都市線池尻大橋駅から徒歩約3分

TEL:03-6412-7511

営業時間:日曜と月曜は11:00〜16:00、火〜木曜と土曜は11:00〜18:00、金曜は11:00〜21:00

定休日:なし

WEBサイトはこちら

店舗情報は2025年7月の取材時点のものとなります。

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