学生さんのために開店し25年。日大生の第2の学食、下高井戸「らあめん英」
- 取材・文:三浦希
- 写真:佐藤翔
- 編集:川谷恭平(CINRA)
Share

東急世田谷線下高井戸駅西口を出て、日大通りをまっすぐ歩いた先にある、1軒のラーメン店、「らあめん英(ひで)」。日本大学文理学部の学生を中心に、25年以上にわたって愛され続けてきた名店だ。
「大学の外にある『もう1つの学食』みたいなんですよ」と笑うのは、日大OBであり、現在は一般企業に勤めながら、非常勤講師として授業を受け持つ村上雅彦さん。2011年の東日本大震災の日、偶然この店でラーメンを食べていたという、忘れがたい記憶も抱えている。
今回はそんな村上さんと教え子の田口倖平さん・工藤幸生さん、らあめん英の長谷川竜也さんに、この店が長く愛されている理由を聞いた。

濃厚なのに、やさしい。毎日でも食べたくなる豚骨ラーメンの秘密
――らあめん英 下高井戸店は、2000年4月にオープンされたそうですね。下高井戸という場所に出店されたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
らあめん英の1号店で、本店として営業しているのが経堂店なんですが、そのすぐ近くに日本大学のラグビー部の寮があったんです。当時、70人くらいの部員が毎日のように食べに来てくれて、いつも行列ができるほどのにぎわいでした。
長谷川

――それはすごい光景だったでしょうね。
なかにはアルバイトをしてくれる子もいましたよ。そうしたご縁もあり、「学生さんのために、もっと近くにお店を出したいね」とスタッフ間で相談し、下高井戸への出店を決めたんです。
長谷川





――学生さんたちとのつながりが、この店の原点なのですね。そんな彼らの胃袋をつかんだラーメンには、どんなこだわりがつまっているのでしょうか。まずはスープについて教えてください。
うちは「東京豚骨ラーメン」として、濃厚さと食べやすさのバランスにこだわった一杯を提供しています。とくに大切にしているのは、豚骨特有のくさみをしっかり取り除くこと。濃厚だけれど重たすぎず、毎日食べたくなる味を目指しています。
長谷川


――メニューに「白」「赤」「黒」とありますが、それぞれの違いを教えていただけますか?
白は基本の豚骨ラーメンで、一番人気の定番メニューです。赤はそれに辛みそで炒めたひき肉を加えたもので、こちらも多くのお客さんに好まれています。「黒」は焦がしにんにくの香ばしさとパンチが効いた一杯で、ベースは醤油ではなく、塩だれを使っているのが特徴ですね。
長谷川




――替え玉にも種類があるそうですね。
ええ、替え玉専用のオリジナルの麺を提供しているんです。唐辛子の粉を麺に練り込んだ、辛い替え玉麺もありますよ。
長谷川



いざ、実食。東京豚骨ラーメンを味わう
スープのこだわり、麺の個性、そして店主のまなざし。話を聞いているうちに、お腹の虫も鳴きはじめた。
「話すより、まずは食べてみましょうか」。そんなひと言とともに、湯気の立ち上るラーメンが目の前に並ぶ。

――皆さん、お味はいかがですか?
(一口すすり)やっぱりこれですね。口当たりがやさしくて、すっと体にしみ込んでくる感じがします。
村上

辛子高菜も合いますよ。スープと一緒にかきこむのも、ご飯にのせるのもおすすめです。
長谷川

うん、白の「こってり・バリカタ」はうまい……。
田口



――工藤さんも、田口さんと同じ、白を選ばれたそうですね。
はい、いつも白を注文しているので、今日も迷わずそれにしました。ラーメンが大好きでいろんなお店を巡っていますが、やっぱり、らあめん英のラーメンはものすごくおいしいです。……あ、替え玉もお願いします(笑)。
工藤



昔から、本当にこの味が大好きで、今日もやっぱり最高でした。たっぷりいただいちゃったから、インタビューも頑張らなきゃですね(笑)。
村上



「第2の学食」として、日大生のそばにあり続けて
この店が多くの学生を惹きつけるの は、味だけが理由ではない。オープン当初から通うOB、そしていまの学生たち。そこには、世代を超えて受け継がれる「第2の学食」としての物語がある。
――次にお店の歴史についてうかがいます。村上さんはオープン当初からの常連で、年間50杯は召し上がるとか。らあめん英へ来るようになったきっかけは何ですか?
2000年のオープン当初から通っています。僕も今回一緒に来てくれた教え子の田口くんや工藤くんと同じく日大出身なのですが、当時は学食に飽きて「どこかおいしい店はないか」と探して、このお店にたどり着いたのが始まりです。まさに「大学の外にある学食」といった感じの存在でしたね。
村上


――その感覚は、現役の学生さんにとっても変わらないのでしょうか?
はい。学食での食事が続くと、たまには外で食べたくなることがあって、そんなときにまず目に入るのがらあめん英です。村上先生に「白がおいしいよ」とすすめられて以来、僕にとっての定番の一杯になりました。
田口

「行きつけのラーメン屋さんがある」って、じつはそんなに当たり前のことじゃない気がしていて。なので、このお店があるのがすごくうれしくて。田口くんと同じで、学食以外で食べようとなったら、まず思い浮かぶのがらあめん英。きっと、そう感じている日大生は多いと思います。
工藤


ラーメンを囲んで深まる、学生と先生の距離感
ラーメンを食べながら交わす会話は、普段の授業とは少し違う。学生同士で顔を合わせたり、店主とたわいもない話をしたり。そんなやりとりの積み重ねが、この場所の心地よさをつくっている。
――先生と学生 が一緒にラーメンを食べるって、とても素敵な光景ですね。
最近はゼミの学生と来ることも結構あるんですよ。ラーメンを囲むだけで、自然と場が和むというか、気を許せる雰囲気になるんですよね。
村上


――ふとカウンターの隣を見ると、知り合いが座っている、なんてこともありそうです。
本当にあります(笑)。日大の下高井戸キャンパスは広くて、普段なかなか会えない先生も多いのですが、ここに来ると「あ、〇〇先生!」とばったり会ったりして。「お、今日は英ですか」なんて笑い合うこともよくあります。そういう場所があるって、ありがたいですよね。
村上


忘れられない誕生日。3.11、らあめん英での記憶
そして、ときにその日常が、忘れられない記憶と重なることもある。2011年3月11日、村上さんの誕生日でもあったその日、偶然にもここでラーメンを食べていたという。
――これまで、らあめん英に通われてきたなかで、とくに印象に残っている出来事はありますか?
2011年、東日本大震災のときですね。じつは3月11日は、僕の誕生日なんです。ちょうど英でラーメンを食べていたところ、大きな揺れに見舞われて。そんななかでも、店員さんがとても冷静に「避難してください」と外へ誘導してくれて、とても印象に残っています。
村上

――大変ななかでの、丁寧な対応が心に残ったのですね。
僕はもう食べ終えていたのですが、安全を最優先してくださって、しかも返金までしていただいて。本当にありがたかったです。
村上

やはり、何よりも大切なのは「お客さまに安心してラーメンを食べていただくこと」だと思っています。その心がけは、あの日から10年以上経ったいまでも、まったく変わっていません。
長谷川


変わりゆく下高井戸で、変わらぬ一杯を出し続けるということ
時代の流れとともに、駅前の風景は少しずつその姿を変えてきた。変わらずこの街に通い、ラーメンをすすってきた村上さんの目には、いまの下高井戸がどのように映っているのだろう。そして長谷川さんはこの場所にどんな想いを抱いているのだろう。
――20年以上にわたって通われている村上さんにとって、下高井戸はどんな街ですか?
1999年からいままで通い続けていますが、やはり駅前の風景などは少しずつ変わってきました。2024年には下高井戸駅前市場もなくなってしまって、駅を出たとき、少し寂しさを感じることもありますね。
村上


――それでも、変わらず好きな場所はありますか?
たい焼きと居酒屋の両方やっている「たつみ」のように、変わらずに頑張っているお店があるのはうれしいですね。やっぱり長く通っていると、そのぶん愛着があります。
村上

――そんな下高井戸の街で、らあめん英はどんなお店でありたいですか?
やはり、うちは「大学ありき」のお店だと思っていて、これからも学生さんにとって身近な存在でありたいです。卒業しても、「英のラーメン食べたいな」と思ってもらえる場所でありたいと思っています。
長谷川

――実際に、卒業生が戻って来られることも?
はい、ありますよ。じつは、らあめん英はロサンゼルスにもお店があるのですが、下高井戸時代からの常連だった日大の卒業生が来てくれたこともあって。愛されていたんだなと胸が熱くなりましたね。
長谷川


――まさに「縁」ですね。
そうですね。街並みは変わっていっても、店としてはなるべく変わらず、この街で学生さんたちと一緒に、新しい思い出をつくっていきたいと思っています。
長谷川


「学食以外に、どこかいい店はないかな」。25年以上前、そんな思いで、村上さんが足を運んだラーメン店に、いまも変わらず、学生たちが通っている。
スタッフの長谷川さんが注ぐスープのように、濃厚で温かな人とのつながり。それは、らあめん英が長くここで続いてきた理由の一つかもしれない。
在学中はもちろん、卒業してからも、ふと思い出す一杯がある。下高井戸の駅に降り立てば、あのころの思い出がよみがえる。らあめん英は、これからもこの街で、学生たちの日常に寄り添いながら、たくさんの「おいしい」記憶とともに歩んでいく。
Share