1億円返済のため開業した、用賀の焼鳥店。元プロレス団体取締役のオーナーの、人間愛が人を呼ぶ
- 取材・文:三宅正一
- 写真:タイコウクニヨシ
- 編集:山元翔一(CINRA)
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東急田園都市線・用賀駅から徒歩4分。住宅街の一角に佇む焼鳥店「市屋苑(いちおくえん)」は、知る人ぞ知るプロレスファンの聖地だ。
オーナーは、かつてプロレス団体「UWFインターナショナル」で取締役を務めていた鈴木健さん。団体の社長でありエースを担っていたのは、あの髙田延彦さんだ。
髙田さんの言葉をきっかけに開店に至った市屋苑は、25年以上の歴史を持つ。ガハハと豪快に笑う鈴木さんが人と人をつなぎ、いまやプロレスラーだけでなくオリンピック選手をはじめとするアスリートも度々来店する人気店となった。市屋苑が愛される秘密とは何なのだろうか。
「市屋苑は『聖地』であり『原点』」と語る、常連の黒田哲彰さんと鈴木さんに話を聞いた。

偶然か、運命か。すべては髙田延彦との出会いで始まった
――鈴木さんが市屋苑を開店するまでにどんな経緯があったのでしょうか?
1984年だから、いまから41年前にここのテナント(現・市屋苑)を事務所として借りたんだよ。最初は学校教材とか文房具の販売会社をやっていて、その後いろんなビジネスをやったけど、最後に飲食店をやろうと決めていたんだ。俺は用賀生まれ用賀育ちだから、この街でやりたいなって。別の飲食店もやってたけど、1998年に市屋苑をオープンしたんだ。
鈴木

――鈴木さんがお仕事としてプロレスに関わるようになったきっかけというのは?
小さいころからプロレスを観ていて初代タイガーマスクの大ファンだったけどね、一番のきっかけは34年前、髙田さんが引っ越 してきたことだね。引っ越しトラックが事務所の前を塞いでたから、クレームを言いに行ったのが最初の出会い。不思議だよね、運命だと思う。
鈴木


――髙田延彦さんとはどんなふうに関係を深めていったのですか?
当時ウチで取り扱っていた足拭きマットを髙田さんにプレゼントしたんだよ。それから髙田さんがケーキを買ってきて、「鈴木さん、紅茶入れてください。一緒に食べましょう」と訪ねてきたことから交流が始まったの。 人たらしというか、そういうところも魅力的だった。俺も人たらしだしね(笑)、すぐに意気投合して、髙田さんが毎日のように事務所に遊びに来るようになったんだよ。
鈴木


その頃にはもう、髙田さんの後援会が全国にあったんだけど、どれも小規模だったから「正式なファンクラブを一緒に立ち上げましょう」って提案したんだよね。 俺はマジで髙田延彦という男に惚れて、彼を本物のスターにしたいという一心で協力してきたんだけど、それがなかったらプロレスビジネスなんてやってなかった。
鈴木

――黒田さんが市屋苑に来店されたきっかけを教えてください。
もともと私も大のプロレスファンでして。職場で「昭和プロレスの会」という同好会を運営しているんです。同好会のみんなとプロレス関係の飲食店を回って、プロレスを語りながら飲むのが楽しみで。それで必然的に市屋苑に行ってみようとなったんです。
黒田


――黒田さんは髙田さんともご縁があると伺いました。
じつは以前、髙田さんの講演会を企画・開催したことがあって、その縁で髙田さんにはよくしていただいています。初めて市屋苑に行ったときは、髙田さんが「クロちゃん(黒田さんのこと)が今日行くからよろしく」って鈴木さんに電話をしてくれたんです。それから、鈴木さんともよくお話しするようになって常連になりました。
黒田

髙田延彦と分け合った2億円の借金——市屋苑に満ちた「人間愛」の秘密
「市屋苑」という店名の由来として知られているのは、1994年に髙田さんと鈴木さんが計画し、「UWFインターナショナル」が他団体のスター選手たちに参戦を呼びかけ業界を揺るがす一大事件となった幻の「1億円トーナメント」。結局、企画は頓挫したが、鈴木さんは目の前に積まれた現金1億円とともに『週刊プロレス』の表紙を飾ったこともある。
しかし、オーナーの鈴木さんにとって「1億円」という数字には、もうひとつ重要な意味がある。それは、プロレス団体経営の失敗で背負った借金の額でもあった。売り興行の利益が興行主に持ち逃げされるというトラブルなども重なり、気づけば2億円の負債を抱えていた。


髙田さんと半分の1億円ずつ背負うことになった。じつは、それが「市屋苑」という店名の由来なんだよね。プロレスファンはみんな「1億円トーナメント」だけが由来だと思ってるけどね。
鈴木

――髙田さんとはまさに一蓮托生だった。
当時は自己破産も考えたんだけど、髙田さんから「ちょっと待って、頑張ろうよ」と言われ踏みとどまったんです。
鈴木

――それで市屋苑をオープンするに至ったと。開店前に抱えた1億円の負債はどれくらいで返済されたんですか。
年中無休で店を営 業して10年かけて借金を完済したよ。1か月で80万円の利益を出せば、単純計算で年間960万円になるじゃん。10年で9600万円だから、自分は給料なしで、お金を貸してくれた人たちからちょっと値切れば返せるなって計算(笑)。
鈴木

――すごい話ですね。
でも実際は、俺が借金を値切る前にみんな「鈴木さん、よくここまで頑張ったね。残りの200万はいらないから」って言ってくれるような人たちばかりでね。そうやって人の優しさに助けられてきたんだよね。そして、髙田さんとの出会いがなかったら、いまの俺の人生はないよね。
鈴木

市屋苑は誰でも受け入れていただける懐の深さがあるんですよね。鈴木さんがハブになって、いろんなお客さんをつなげているんです。ここでプロレスラーともお話できたり、ファンにとってはすごく贅沢な時間ですよ。
黒田


俺はとにかく人間が好きだからね。小さいころ両親が離婚してさ、少年時代は母親の再婚相手に毎日のように殴られて育ったんだ。それもあって俺はそもそも寂しがり屋で。本当の愛情を見つけたいと思っていたら、人が好きになっちゃった。
鈴木

プロレスマニアが集まるだけの店にはしたくない
市屋苑がプロレスファンに愛される理由は、この鈴木さんの人柄にある。そして、もちろん串焼きの味も評判だ。現在72歳の鈴木さんが1人で焼き場を切り盛りしている。



――お客さんはプロレスファンの方が多いのでしょうか?
普段、お客さんのほとんどはプロレスファンじゃないと思うんですよ。お店には鈴木さんが表紙を飾った『週刊プロレス』や興行のポスター、プロレスグッズもあるけど、さりげなくて。そのバランスがちょうどいいんです。
黒田

俺はたまたまプロレスの団体の経営に携わっていたけど、地元密着型の店でありたいんだよね。プロレスファンも大事なお客さんだよ? でも、プロレスマニアが集まるだけの店にはしたくない。俺は基本的に人間が好きでこの市屋苑をやってるからね。
鈴木



――価格設定にもその思いが表れていますね。生ビール399円、ハイボール350円という驚きの金額です。
みんなに美味しい串焼きを食べながら、値段を気にせず飲んでほしいじゃん。だから、物価高騰で大変な時代だけど、可能なかぎり価格は抑えているんだよね。お客さんのことしか考えてないよ。俺、いまもほとんど給料もらってないもん(笑)。
鈴木

市屋苑に染みわたる「鈴木イズム」
27年続く市屋苑だが、「後継者がいない」のが悩みの種でもある。それでも鈴木さんは、市屋苑を「懐の深いお店」として続けていきたいと願っている。プロレスファンも地元の人も、誰もが気軽に立ち寄れる場所として。


店を開けてすぐに45人の 団体客がドーン! って入ってくる日もあって。串モノは俺しか焼けないから、そうなると体力的にも相当きついよね。 でも、もしただのプロレスファンがこの店を継ぎたいとなっても、絶対に長続きしない。プロレスラーと会いたいからとか、そういうミーハー心で入ってくるやつは耐えられないよ。だから、やる気と根性があって、とにかく人が好きな後継者を募集中です(笑)。
鈴木

――お話を聞いて、市屋苑や鈴木さんがお客さんに愛される秘密がわかった気がします。
人を好きだったら、人に好かれるんだよ。あとね、何かトラブルが目の前に立ちふさがっても絶対に逃げちゃダメ。逃げずに飛び込めば、不思議と全部解決するんだよね。これは俺が72年間の人生で悟った人生哲学なんだ。
鈴木


この「鈴木さんイズム 」がやっぱり市屋苑の魅力なんですよね。これからも人に愛される、どこまでも懐の深いお店であってほしいです。
黒田

――鈴木さんと市屋苑、そしてプロレスに惚れた1人としての願いでしょうか?
そう、僕とって市屋苑は「聖地」であり「原点」ですから。小さい頃プロレスラーになりたいと思って、柔道をやってみたり、友だちと毎日のようにプロレスごっこやったりしていたんですけど、やっぱりプロレスラーってなかなかなれるものじゃないですよね。 プロレスラーになる夢は憧れで終わってしまったんだけど、こうやって市屋苑でファン仲間と一緒に酒を飲みながら語り合って、そして髙田さんともお知り合いになれた。まさに違うかたちで夢が叶ったのかなと思います。
黒田


取材が終わり、お代を支払おうとすると鈴木さんはこう言った。
「100万円以下は受け取らないよ」。
そんなちょっとした軽口にも、鈴木さんの人柄がにじみ出る。そして賑やかだが飾り気がない市屋苑の居心地のよさは、「静かだし、居心地のいい街」と鈴木さんが語った用賀の街に似た魅力があった。
さらに市屋苑の不思議な吸引力は、今回の取材でも楽しい偶然を招き寄せた。撮影を担当したタイコウクニヨシさんは、黒田さんと仕事仲間だったのだ。取材が終わるや、常連のみなさんと打ち上げが始まった。
鈴木さんの「人間好き」という哲学と、プロレスを愛する人々の純粋な想いが交差する市屋苑は、今日も新たな「縁」を生み続けている。ちなみに、鈴木さんの特濃のプロレス話を聞きたい方は比較的客入りの落ち着いているという月、火、水が狙い目だ。

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