「うちの子が、家のようにくつろぐんです」愛犬家たちの縁が生んだ、上野毛の異色カフェ喫茶 晴龍
- 取材・文:ひらいめぐみ
- 写真:北原千恵美
- 編集:瀧佐喜登(CINRA)
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東急大井町線で、二子玉川の1駅隣に位置する上野毛。駅に降り立つと、近隣に住んでいそうな人たちがゆったりとした足取りで通り過ぎてゆき、どこか穏やかな空気が漂っている。駅から徒歩1分、上野毛通り沿いの商店街の入り口に、カフェ「喫茶 晴龍」はある。
2023年9月にオープンした喫茶 晴龍は、全席ワンちゃん同伴OK。近所に住む常連のカワイさんは、ヨーキー犬のウイちゃんとリンちゃんとともに、多いときはほぼ毎日通っていたという。
喫茶 晴龍を運営するのは、不動産業や人材コンサルタントなどを手掛ける、飲食業未経験の4社。そんな異業種の経営者たちが、なぜこの街でカフェを始めたのか。ワンちゃん連れの方をはじめ、地域の人たちが集う場所となっている喫茶 晴龍の成り立ちについて、店長の後藤さん、広報担当の兼益さん、そして常連のカワイさんに話をうかがった。
喫茶 晴龍は、愛犬が家のようにリラックスする場所
――まず、カワイさんがお店に通うようになったきっかけについて教えてください。
私は近所に住んでいるので、お散歩のときに晴龍の前の道を通るんですね。ある日、いつものように歩いていたら、リンが店の前で止まって動かなくなって。するとなかから兼益さんが出てきて、「ワンちゃんOKのお店なので、よかったらどうぞ」と声をかけてくれたんです。兼益さんが飼っている看板犬のワンちゃんもうちのリンと同じ犬種のヨーキーだったこともあり、親近感が湧き、それ以来通うようになりました。
カワイ

最初にカワイさんが来てくれたときはリンちゃんだけでしたが、少ししてウイちゃんも飼い始めて、一緒に来てくれるようになって。
兼益

今では家のようにリラックスする場所だと思っていますね。お店の前を通ると、必ずワンちゃんたちが足を止めるんです(笑)。だから、多いときはほぼ毎日来ていたかも。
カワイ

――お店を「晴龍」という名前にしたのは……?
うちの犬の名前なんです。
兼益

――なるほど! カフェにはめずらしい名前だなと気になっていました。
晴羽ちゃんと龍羽ちゃんね。
カワイ

いろいろ候補はあったんですが、晴龍がいちばん字画が良かったので、最終的にはこれに決めました。ただ、最初の頃はよく中華料理屋に間違えられて、カフェだと認知されるまで少し時間がかかりました(笑)。
兼益

カフェ経営の経験者はゼロ。異業種の4社が、カフェをはじめた理由
平日の昼下がり、店内にはワンちゃん連れの人もいれば、1人でコーヒーを 飲みながらくつろぐ人の姿も。開業から1年半、今では誰もが気軽に立ち寄れるカフェとして街に馴染んでいる喫茶 晴龍だが、共同運営する4社はいずれもカフェ経営は未経験だったという。
――飲食業未経験の4社でカフェをはじめるまでに、どのような経緯があったのでしょうか。
昔あったカフェの跡地を再活用することになり、仕事仲間やビジネス交流会で知り合った4社で運営することになりました。僕は不動産業で、ほかのメンバーも全員が飲食業経営は未経験でした。飲食業は「未経験者が最も手を出すべきではない業界」と言われていて、おそらく全員がその認識を共有していたと思います。実際、黒字化も継続も簡単ではありません。ただ今回は、一人ではなく、仲間と力を合わせて運営できるということもあり、やってみよう、と踏ん切りがつきました。
兼益

――店のコンセプトや、全席ワンちゃんOKにした背景を教えて下さい。
昔は喫茶店や銭湯、パチンコ店の休憩所など、地域の人たちが顔を合わせる場所がいくつもあったんです。それが最近は次第になくなってしまっていたので、地域の人が気軽に集まれる場所をこの街に作りたいと思ったんです。だから、カフェをやることは最初から決まっていました。ワンちゃんをOKにしたのは、このエリアには犬を飼っている方が多く、どなたでも入りやすいお店にしたかったからです。
兼益

――ワンちゃん連れの方の割合はどれくらいですか?
実際には2〜3割ほどで、どちらかという とワンちゃん連れではない方のほうが多いです。誰もが気兼ねなく入れるお店にしたかったので、ワンちゃん連れはもちろん、すべてのお客さまが居心地良く過ごしていただけるのが理想ですね。
兼益

――カフェの経営をはじめたことで、本業で変化を感じることはありますか?
僕も本業は人材コンサルタントで、飲食業はまったくの未経験でした。普段は法人のお客さんとお仕事しているんですが、カフェの運営に携わるようになってから、お客さんの悩みに共感できたり、提案の幅が広がったと感じますね。飲食店を経営しているお客さんもいて、「今うちの店でこれが人気なんです」などと言うと、お店に直接来てくれることもあります。本業にも、カフェにも、どちらにもプラスの影響が出ているなと実感しています。
後藤

「定休日がない」がコンセプト。街の人が気軽に集える憩いの場に
兼益さん、カワイさんのそばで、穏やかな表情を浮かべる愛犬たち。「このまま椅子の上で寝ちゃうこともあるんです」とカワイさん。人も犬もリラックスできる喫茶 晴龍の居心地の良さは、どこからくるものなのだろうか。
ワンちゃんOKのお店はいくつもありますが、どこか遠慮してしまう場所が多いんです。1匹だけならOK、というルールがあったりしますしね。晴龍は初めて来たときから、スタッフの皆さんがフレンドリーで、この子たちのこともかわいがってくれたので、自然と通うようになりました。それに、同じくワンちゃん好きの兼益さんとの会話も楽しくて。
カワイ

僕たちもお客さんとおしゃべりしたりとか、「こんなことがあった」と話を聞けるのがとても楽しくて、それが接客の醍醐味だと感じています。もちろん「おいしかったよ」と言ってもらえるのもうれしいですが、それ以上に日常の会話や雑談の時間がすごく楽しいですね。
兼益

――お店を運営するうえで、大事にしていることや意識していることはありますか?
「定休日がない店」をコンセプトにしています。年末年始は休みますが、それ以外は毎日営業しています。「サイトでは営業日になっていたのに、行ってみたら閉まっていた」となると、がっかりするじゃないですか。街の人の交流の場にしたいという思いからこのカフェを始めたので、いつでも開いている場所にしたいと思っています。
兼益

あとは「コラボレーション」がこのカフェのテーマの1つなので、この場を使ってコミュニケーションをとることで、いろんなコラボを広げていきたいなと思っています。
後藤

毎月、ラテアート体験や占い、ハワイアンジュエリーのワークショップなんかを開催しています。主催は誰かの知り合いや、ワークショップの話を聞きつけて来てくれた方などで、この場所があることでさまざまなご縁が広がっていますね。そういえば、去年はカワイさんがお友だちに声をかけて、ヨーキー会を開いたこともありました。
兼益

そうなんです。SNSで繋がっている方やここで知り合った方をお誘いして。またぜひやりたいですね。
カワイ

人との縁によって更新されてきたお店のメニュー
店で飲めるドリンクは30種類以上。ランチには日替わり定食メニューが並ぶ。もともとはサンドイッチなどの軽食だけだったが、お客さんからのリクエストでボリュームのあるランチメニューも加わったという。
カワイさんはお友だちともよく来てくださっていますよね。
兼益

最初は軽食中心でしたが、ランチがあったらいいなと思っていたんですよね。ごはんものが加わってからは、友人とランチを食べに来る機会が増えました。
カワイ

最初はランチメニューを作る予定がなかったんですが、たくさんのお客さまからご要望をいただき、これはもうやるしかないな……と(笑)。ただ、先ほどお話ししたとおり、僕らは飲食の経験がないので、ランチに関してはプロの方とコラボレーションしてメニュー開発を行い、料理もお任せしています。
兼益

――カワイさんが特に好きなメニューはなんですか?
どれもおいしいですが、よく頼むのはカレーとハンバーグ。あと水餃子と生姜焼きもよく食べます。水餃子は素材の味が生きていて、生姜焼きは四万十ポークの旨味がしっかりと感じられて、どちらも本当に美味しいです。
カワイ

あと飲み物の種類が多いので、その日の気分で選ぶことが多いです。夏場は梅ジュースやエスプレッソトニックを飲むのが好きですね。
カワイ

別の仕事で梅畑を持っているので、自家栽培した梅をシロップ漬けにして、梅ジュースや梅ソーダとして提供しています。梅ソーダもエスプレッソトニックも、暑い日にすっきり飲めるので、夏は特に人気ですね。
兼益

――特に人気のメニューはありますか?
コーヒー専門会社・ミカフェートの豆を使ったブレンドコーヒーやカフェラテは人気ですね。ここの豆を使った喫茶店やカフェって、ほぼないんですよ。JALの国際線などで出されているコーヒーなんですが、飲食店向けに作られているものではないので、提供している店はごくわずかです。
兼益

ちょうどカフェの企画を進めていたときにミカフェートの社長さんと知り合い、コンセプトや味に惹かれて、「ぜひ提供したい」とご相談したところ、特別に取り扱わせてもらえるようになりました。ただ「場所がいい」とか「便利」という動機だけでカフェに通っていただくのは難しいと考えていたので、ミカフェートのコーヒーを提供できることは、お店をやる上ですごく大きい要素でしたね。そのご縁がなければ、この場所をやっていなかったかもしれません。コーヒーにしても、ランチメニューにしても、晴龍は人のご縁で成り立っている場所だなとつくづく感じます。
兼益

「変わらない」のが上野毛の魅力。これからも変わらず落ち着きのある街のままで
上野毛に30年近く住んでいるカワイさんと、子どもの頃から上野毛や二子玉川のエリアで過ごしていたという兼益さん。上野毛をよく知るお二人に、この街の魅力について聞かせ てもらった。
――上野毛エリアに対してはどんな印象がありますか?
住みやすくて、人もいいんです。お店の入れ替わりも少なく、新しいお店も増えてはいますが、昔と比べてもそこまで変わらないですね。
カワイ

お客さんと「ファミレスができたらいいね」と話すことはありますが、近隣の駅周辺にあるので、実際にはこのままでもいいのかもしれません。変化が少ないからこそ、この街の落ち着きが保たれているような気もします。
兼益

――これから喫茶 晴龍をどんな場所にしていきたいですか?
ここでお客さん同士が知り合える機会をもっと作りたいですね。愛犬家同士はもちろん、地元の人が集まる喫茶店のような交流の場になれば嬉しいですね。
兼益

それに加えて、地域全体ともコラボレーションしていきたいと思っています。まだ実現できていませんが大学や街に縁のあるアートなどと連携を増やして、ゆくゆくは晴龍が街の情報の発信地になったらいいなと。
後藤

五島美術館もあるし、あまり知られてないけれど、上野毛駅の駅舎が実は安藤忠雄さんのデザインで、たしかにアートとのつながりは多いね。
兼益

――カワイさんはこれからの喫茶 晴龍にどんなことを期待していますか?
今の状態で満足しているので、このまま続いてくれるのがいちばんですね。強いて言えば、少しずつメニューが変わっていったらうれしいかな(笑)。
カワイ

頑張ります(笑)。
兼益

あとは、犬種問わずいろんなワンちゃんを連れている方たちとの出会いの場所になったらいいなと思います。
カワイ

同席してくれているウイちゃんとリンちゃんのことを考慮し、早めにインタビューを切り上げるつもりでいたが、予定の時間を過ぎても2匹とも柔らかな表情で、カワイさんの膝の上、椅子の上で丸くなっていた。家と同じようにワンちゃんたちがリラックスできるのは、飼い主であるカワイさんの、安心して過ごしている様子が伝わるからなのだろう。
上野毛で、地元の人たちの憩いの場として新たに生まれた喫茶 晴龍。引っ越してきたばかりの人も、愛犬と気兼ねなくくつろぎたい人も、ここへ来ればきっと、この街を好きになる理由が1つ増えるはずだ。
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