縁線図鑑気づけばほら、つながりだらけ。

No.026

〇〇好きのご縁飯 〜服のお直し〜

自由が丘にミシンの音が響く、お直し×カフェのやさしい空間。テーマは「ものと人を縫う」こと

  • 取材・文:三浦希
  • 写真:北原千恵美
  • 編集:瀧佐喜登(CINRA)

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東横線と大井町線が乗り入れる街、自由が丘。駅の大通りから少し離れた静かな住宅街に、ひっそりと佇む一軒のカフェがある。この地で17年、「お直し」と「カフェ」を掛け合わせたユニークなスタイルが人気のお店「ヌーカフェ」だ。

カフェであり、お直しの店であり、穏やかなリビングのようでもある。優雅に流れる空気のなか、ミシンの音とワインの香りが交差するこの場所では、人と物、そして、物語と時間が、静かに縫い合わされていく。そんな不思議な場所が日常のすぐそばにあるとしたら、どんな時間を過ごしてみたいだろうか。

今回は、カフェ担当の中島さん、お直し担当の高畠(たかばたけ)さん、そして常連・速水(はやみず)さんの3人に、お店の魅力やヌーカフェで紡がれる「縁」 について伺う。

カフェとお直し、二つの文化を一つに──ヌーカフェのはじまり

── まずはヌーカフェの歴史について、お直し職人の高畠さん、ぜひ教えてください。

ヌーカフェは、衣服のお直しとカフェを融合させた店です。2008年8月にオープンしました。「生活文化の創造」をコンセプトに、カフェ文化とテーラリング、お直しの文化を発信し続けています。「縫う+カフェ」で、ヌーカフェという名前ですね。

高畠

お直し担当の高畠海さん

── 店内にミシンがあるカフェというのは、かなり珍しいですよね。

2008年のオープンから17年経ったいまでも、お客さんから「外観だけでは何のお店かわからない」と言われることもあります(笑)。ちなみに、店内にあるミシンは、もともと、お店の奥に置いていたんですよ。せっかくなら、窓ガラスからミシンが見えたほうがいいのではないかと考え、オープンの翌年(2009年)には、いまの位置に変更しました。

高畠

── お客さまからは、どんな反応がありますか?

カフェを利用される方がミシンを眺めたり、お直しの方がカフェの様子を楽しんだりと、どちらもおもしろがってくださっていますね。そもそもヌーカフェのテーマとして、「ものと人を縫う」というものもあるんです。壊れた衣服を縫うだけでなく、カフェとお直し、それぞれのお客さまを 「縫う」ような狙いも、確かにあるんです。いわば 人と人との縁を縫い合わせるというか。

高畠

カフェ担当の中島將(たすく)さん

── すごく素敵ですね。続いて、カフェ部門を担当されている中島さんにも伺います。カフェを利用される方は、ヌーカフェに対して、どんな声を寄せていますか?

ヌーカフェを利用してくれるお客さまとしては、やはりお直しを行っていることもあってか、服飾関係の方が多くいます。お直しは通常19時ごろまでですが、ときには22時ごろまでミシンを動かしていることもあって。 遅めの時間にいらっしゃったアパレル関係のお客さまからは「ミシンの音を聴きながらお酒を飲むなんて、まるで職場で飲んでいるみたいで罪悪感がある(笑)」といった声もありました。しかも、けっこうたくさんの方がそうおっしゃるんですよ。思い思いにお楽しみいただけているのかなぁと思いますね。

中島

── そんなヌーカフェを日頃からご利用されている常連の速水(はやみず)さんは、お店に対してどのような印象があったのでしょうか?

ミシンとお直しが一緒になったカフェって、日本ではほとんど見かけないですよね。僕はイギリスでの生活が長かったのですが、20年前にロンドンの高級住宅街で、古着屋とカフェが一体になった店を見つけたことがありまして。しかもそこでお直しもしていて、とても衝撃を受けました。ヌーカフェには、あのとき感じたイギリスの空気を思い出すところがあるんです。

速水

オープン当初からお店に通う常連の速水さん

ヌーカフェがオープンした当時、アパレルとカフェの組み合わせはありましたが、「お直し」の店はなかったと思います。

高畠

僕にとってヌーカフェは、“止まり木” のようなものなんですよね。職場と家の間にある、いわば 「サードプレイス」 です。ヌーカフェにはオープン直後から通っていますが、つい最近まで店名の意味がよくわからなかったんですよ。よくお直しをお願いしているというのに、「ヌーって『縫う』だったのか!」と気づいたのはつい最近です(笑)。タスク(中島さん)からツッコミを入れられたよね。

速水

そうそう、「さすがに遅すぎるでしょ……!」とツッコんでしまったのをいまでも覚えています(笑)。

中島

私自身も以前はお直しをしていたのですが、ヌーカフェで高畠さんの技術に出会って、自分で手を加えるのをやめたんです。こんなにもたしかな腕の人がすぐそばにいるなら、お任せしようって。そう思えるまでに10年もかかってしまいましたけど(笑)。そのときも「やっと気づいたんですね」と、やさしくツッコまれました(笑)。

速水

ミシンの隣で、アイスコーヒーを。「縁の混ざり合い」が生まれる場所

ミシンが響く静かな店内で、アイスコーヒーを片手に交わされる小さな会話。昼はテイクアウト主体のカフェ、夜はバーとしておつまみや料理も楽しめるヌーカフェでは、訪れる人々の「色」を引き出され、やわらかく混ざり合っていく──。カフェでありながら、リメイクの相談もできる。でも、それだけではない。ここは、誰かにとっての特別な居場所にもなるのだ。この心地よい空間は、いったいどこから生まれるのだろうか。

── 速水さんも日々行っているというリメイクやお直しは、どのように依頼されるのでしょうか?

メニューは用意していますが、決まったパターンがあるわけではなく、お客さまから「こうしたい」という要望をお聞きして、一緒に考えながら作っていくスタイルですね。なかには、亡くなられたご主人のネクタイをばらして奥さんのコートの裏地に使うといったご依頼もありました。もちろんお客さまのご要望を叶えるというのが第一ですが、僕自身にとっての勉強にもなっているように思えますね。

高畠

── すごく素敵な取り組みですよね。カフェとしてのこだわりについては、中島さん、いかがでしょうか?

メニューとして提供しているのは、自分が「おいしい」と思えるものだけですね。お酒も料理も、基本はお客さまとの会話から始まります。「甘いものは苦手」や「野菜多めがいい」といったリクエストを受けて、その場でメニューを組み立てることもあります。速水さんは、いつもアイスコーヒーを飲んでいる印象がありますよね。

中島

ヌーカフェのアイスコーヒーについては、 自由が丘で一番おいしいと思っています。本当に大好きなんです。今日もぜひ作ってよ。

速水

── アイスコーヒー以外に、好きなメニューはありますか?

そりゃもう、ヌガーグラッセですね。しっかりと手作りされていて、濃厚ながらもすっと溶ける口当たりがすごく好きです。毎回とはいきませんが、あれば必ず頼んでしまいます。ちなみに、今日はある?

速水

もちろん、速水さんがいらっしゃるんだから、作っておきましたよ。

中島

速水さんお気に入りのアイスデザート「ヌガーグラッセ」

いやー、うれしいねぇ。こういうところが大好きなんだ。何かいえば、必ず一言返ってくるからね(笑)。では、アイスコーヒーとヌガーグラッセでお願い。

速水

── こんなふうに、パーソナルなやりとりが続くんですね。

ここは、マニュアルが整ったフランチャイズ店とは真逆の場所なんですよ。形式的なサービスではなく、一人ひとりの「色」に合わせてチューニングしていくような感じですね。だから、メニュー表を見ずに「今日なにあるの?」なんて聞いちゃうんですよね。なんならメニュー表を見たの、今回が初めてなんじゃないかと思っちゃうぐらいだよ(笑)。

速水

「どのお客さまにもフラットでいる」ということは強く意識していますね。僕に飲食の基本を教えてくれた師匠が昨年亡くなってしまったのですが、その方がいつも言っていたことを、今でも意識していて。それは「その人が持ってる色に合わせて仕事をしろ」ということ。 それぞれの人が持っているオーラというか、色のようなものをなんとなく掴んで、そこにチューニングしていくんです。たとえば2人のお客さまがいて、それぞれが異なる色を持っているとき、僕はその中間の色で仕事をするように心がけています。「あなたのために」と思いつつ、その人に合った「色」の自分でいるイメージです。

中島

新鮮野菜をふんだんに使った前菜盛り合わせも人気メニューの一つ

「リメイク」ではなく、「リボーン」。縁を新たに結び直す、ヌーカフェの魅力

カフェでの接客が一人ひとりの「色」にチューニングされていくように、ヌーカフェでのお直しも、その人の物語に寄り添いながら進んでいく。それは「リメイク」ではなく「リボーン」とも呼ばれる。なぜ、ただの修繕ではなく「生まれ変わり」なのか? そこには、服と人との縁を結び直す、静かで深い想いがあった。

── お直しにも、同じ想いが込められていると感じます。その人に合ったお直しを、真摯に続けているようですね。

ガーメントバッグをリメイクしてワンショルダーにしてもらったり、ジャケットの袖口にリブを取り入れてもらったりと、唯一無二のお直しをしてもらっていますよ。

速水

お直しに使うパーツも、お客さまが自ら探してこられることもあります。もちろん「この用途ならこの素材が良さそう」と、こちらから提案することもあります。ガーメントバッグの補強材に金属製の物差しを使ったり、袖パーツだけを移植して新しい服に仕立てたりと、細部に宿る工夫が喜ばれることも多いですね。

高畠

僕は、カイちゃん(リメイク担当の高畠さん)のお直しを「リメイク」だとは思ってないんです。

速水

── それは、どういった意味ですか?

「リメイク」ではなく「リボーン」だと思っていて。Re-born、つまり「生まれ変わらせる」ということなんです。服の命を蘇らせることでもあり、それはきっと、服と人との 「縁」 を結び直すことでもあると思っているんですよね。だからこそ、僕はヌーカフェが好きなんだろうなぁと思うんですよ。不思議な縁を感じますね。

速水

── とっても素敵なお話ですね。お店を続けていらっしゃるお二人として、これからヌーカフェをどんな場所にしていきたいですか?

これからも、個人店ならではの柔軟なスタイルを続けていきたいですね。自由が丘の街にはそんなお店が多くあると思っていますし、その中の一つして、これからもなるべくお客さまに寄り添ったお店でありたいなぁと感じています。

中島

自由が丘の街については、なんとなく下町だなぁと思うんです。世間のイメージと、実質の姿に少しギャップがある街だと感じています。イメージするよりももっと人と人とがつながっていて、そこに縁があるはずなんですよね。そうした部分をこれからも大切にしていきたいですね。常連の方々も、新規の方々も、たくさんの縁とともにあれたらいいなぁ、と。

高畠

カフェとお直しが一つ屋根の下にあるヌーカフェは、自由が丘という街の穏やかな空気と、静かに光る個性を映し出している。

会話から料理が生まれ、思い出の詰まった服に新たなかたちが与えられる。針で縫い合わせるように、心と心のあいだにも静かに糸が通る。服も人も「リボーン」する場所、それがヌーカフェだ。

この街に静かに根を張る、穏やかな居場所の一つとして、ヌーカフェはこれからも、人と服の縁を丁寧に縫い続けていく。きっと今日も、あなたの物語を静かに迎え入れてくれるはずだ。

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Information 取扱店舗情報

ヌーカフェ

住所:東京都目黒区自由ヶ丘3-7-10

TEL:03-3718-1736

サロン営業時間:18:00〜24:00 (水曜休)お直し営業時間:12:00~19:00(水・土曜休)

定休日:水曜

アクセス:東横線、大井町線自由が丘駅から徒歩約5分

WEBサイトはこちら

店舗情報は2025年5月時点のものとなります。

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