縁線図鑑気づけばほら、つながりだらけ。

No.024

同郷人のご縁飯 〜香川〜

途切れた縁を再びつないだ本場の讃岐うどん。大岡山・てんまいの店主と常連客による香川への偏愛

  • 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
  • 写真:北原千恵美
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)

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故郷を離れて暮らす人にとって、地元の懐かしい思い出を共有できる友人はかけがえのない存在。東急目黒線、大井町線大岡山駅から徒歩約1分の酒菜屋 てんまいを営む塩津孝之さんと、常連の亀井正蔵さんは、まさにそんな関係だ。

ともに香川県高松市の出身で、もともと飲み仲間だった2人。別の時期に上京して一度は疎遠になるも、数年後に再会。以後、亀井さんは塩津さんがつくる「本場の讃岐うどん」に惹かれ、てんまいに通い続けている。香川の実家がなくなり帰省の機会が減った亀井さんにとって、この店は故郷を感じられる貴重な場所だという。

一度途切れた縁がふたたびつながるまでのストーリー、そして2人の香川愛、うどん愛をたっぷりと語ってもらった。

香川で飲み友達だった2人。東京で8年ぶりに再会

――2人はともに香川県出身ということですが、東京に来てから知り合ったのでしょうか。

いえ。塩津さんとは、香川にいた20代のころから知り合いでした。塩津さんは香川でいくつかの店を経営していて、僕は客としてよく利用していたんです。プライベートでも、2人でよく飲みに行かせてもらっていました。当時は、しょっちゅう潰れるまで飲んでいましたよ。 塩津さんが香川の店を人に譲って東京に出てからはそれもなくなりましたが、そのあと僕も上京することになり、こっちで再会しました。

亀井

香川県から上京する人って、たいてい高校を卒業してすぐに出てくるんですよ。われわれはやや特殊で、地元で社会人としてしばらく働いたあとに東京に出てきた。僕も亀井くんも同じ飲食業だし、なにかと共通点が多いんですよね。

塩津

――地元のことや20代のころの思い出、さらには仕事の相談や悩みも共有できる間柄なんですね。

そうですね。東京で同年代の香川出身者に出会うことってほぼなくて、身内以外で地元の話をできるのは塩津さんくらいです。「昔、あの店で飲んで潰れましたよね」といった他愛もない話もしますし、そのほか互いの子育て、最近の香川、飲食のトレンドなど、話題には事欠きません。ついさっきは、香川県のブランド牛「オリーブ牛」を使ったメニューについて話していました。

亀井

酒菜屋 てんまいに通い続ける亀井正蔵さん(左)と、2022年に同店をオープンした塩津孝之さん(右)。亀井さんは、自らも飲食業界に身を置く

塩津さんは普段からあらゆるジャンルのことを吸収・研究していて、本当に多くのことを教えてもらえる。それも、この店に通い続けている理由の1つですね。

亀井

――東京で再会したきっかけは何だったのでしょうか。

僕が東京に出てきてから、8年くらいは会っていなかったんです。でも、あるときたまたまSNSで亀井くんのアカウントを見つけて、メッセージを送ってみました。「ひさしぶり、元気?」みたいな気楽なやりとりでしたが、聞けば彼も香川からこっちに出てきていると。 そこから、また交流が始まりました。当時、僕が世田谷線の松陰神社前駅近くでやっていた店にも来てくれたよね。

塩津

塩津さんも逆に、僕が当時やっていた五反田の店に来てくれて、気にかけてもらえたのがうれしかったです。

亀井

「東京の讃岐うどん」に感じた違和感から、うどん居酒屋をオープン

香川で複数の飲食店を経営していた塩津さん。順風満帆だったが、30代半ばでふと思い立ち、地元を出て東京に進出した。ただ、上京当初は現在のような「うどん居酒屋」をやるつもりはなかったという。「都会の夜景が見えるバーで、おしゃれにシェイカーを振りたかったんですよ」と笑う。

それが一転、讃岐うどんと香川の郷土料理を出す店を開くことになったのは、なぜだろうか。

――そもそも、塩津さんはなぜ香川から東京に来たのですか。

やっぱり東京って圧倒的に人が多いじゃないですか。そういう場所で、一度チャレンジしてみたいと思ったんです。香川で10年くらいやったし、ちょうどいい区切りかなと。2011年に上京して、ホテルや飲食店でしばらく働いたのち、駒沢大学駅の近くにバーを開きました。

塩津

――最初は、うどんの店ではなかったんですね。現在のような業態にしたきっかけは。

バーを始めてから日中に時間が取れるようになったので、東京でも見かけるようになっていた讃岐うどんの店を、食べ歩いてみたんです。ただ、当時行った店が称する「讃岐うどん」に、強烈な違和感を覚えてしまい……。 僕が地元で食べていたものとは、まったく違っていたんです。もちろん店の人に抗議なんかはしませんが、香川県人として、讃岐うどんという名前で出されるのはちょっとモヤモヤするなと。

塩津

――それが業態転換につながったと。

はい。帰省した際、同業者の集まりの場でその話をしてみたんです。「東京で讃岐うどんを食べたけど、見た目からしてまったく違うんだよ」と。すると、香川県内のうどん店に麺を卸している会社の人が「そこまで言うなら、自分でやってみたら」と言って、県外には出していない麺を特別に卸してくれることになりました。

塩津

そのうえ、香川で有名な老舗の乾物店まで紹介してくれたんです。麺と、だしをとるためのいりこ(*1)が揃ったことでもう後に引けなくなって、気づけばうどん居酒屋を開くことになっていました(笑)。

塩津

*1 カタクチイワシなどを乾燥させた煮干しのことで、西日本を中心に使われる呼称

そうして2018年に開業したのが、少し前に触れた松陰神社前の店。そこは設備の都合で閉めてしまったのですが、2022年に同じ業態で、てんまいをオープンしました。

塩津

透き通るだしとコシのある麺。てんまいが提供する「本場の讃岐うどん」

「うどん県」を名乗る香川の出身らしく、うどんに強いこだわりを持つ2人。子どものころから親しんできた讃岐うどんの味は、記憶として舌と脳に刻み込まれている。いまは香川と疎遠になってしまった亀井さんも、塩津さんのつくる讃岐うどんをすするたび、故郷に帰ってきたような気持ちになれるという。

――地元で親しんできた讃岐うどんと、当時東京で食べたものは特にどこが違いましたか。

まず、だしの色が違います。地元の讃岐うどんはだしが透明に近いくらい透き通っていますが、東京の店で出てきたそれは明らかに濃かった。麺も違いましたね。地元のものは、より「コシ」が際立っています。硬いのではなく、むしろやわらかいのですが、コシがある。誤解されがちなのですが、「硬さ」と「コシ」は別問題なんです。

塩津

僕も地元ではほぼ毎日うどんを食べていたので、違いがわかるんですよね。それもあって、地元の味が恋しくなったときは、てんまいに足を運ぶんです。月2回くらいはここで、うどんや香川の郷土料理を食べて懐かしさに浸っています。

亀井

――亀井さんにとって、てんまいのうどんの魅力とは。

まず、だしが抜群に美味しい。先ほど塩津さんがおっしゃっていた乾物屋さんは香川では僕も知っているくらい有名で、県内の多くのうどん屋にいりこを卸しています。地元でいつも食べていた味なので、ホッとしますね。てんまいでは、だし巻きたまごやおでんなどにも同じだしが使われていて、何を食べても美味しいですよ。

亀井

いりこのだしって、ややクセがあるんです。僕らは子どものころから食べ慣れているからいいんですけど、一般的ないりこだと関東の人は少しえぐみを感じるかもしれない。なので、うちでは高級な「大羽の白銀いりこ」を使います。「大羽」は大型サイズのことで、大きければ大きいほどしっかりと濃い味が出るんです。 「白銀」は、いりこの色ですね。普通のいりこは時間が経つと黄色っぽくなりますが、白銀いりこは水揚げ後にすぐ蒸して乾燥させる影響で、きれいな銀色の状態が続く。だしをとったときの雑味も少なく、上品に仕上がります。

塩津

――うどんの食感については、どんなこだわりがありますか。「硬さ」と「コシ」は違うということでしたが。

そもそもコシがどう生まれるかというと、ゆでて膨らんだ麺を水で急冷することで、キュッとしまるわけです。ただ、そこで冷やしすぎると、ゴムのようにガチガチに硬くなってしまう。なので、水の温度や冷やすタイミングがとても大事です。

塩津

この店ではゆでた麺を水でしめたあと、もう一度お湯で温めます。それによって、麺のなかはしまっているけど表面はやわらかい、コシのあるうどんになるんです。

塩津

ちなみに、讃岐うどんと名乗るための要件(*2)の1つに「ゆで時間約15分間で、十分にアルファ化されていること」というものがあります。水と熱で麺のでんぷんがアルファ化、つまり糊化して、表面がやわらかになることが必要なんです。

塩津

*2 生麺類に「名物」「本場」「特産」といった表示をする場合に適用される、国が定めた要件の1つ

天ぷらとして、海老やししとうのほか、里芋とかぼちゃの煮物を揚げたものも提供。煮物を天ぷらにするのは香川ならではの風習
刺身の盛り合わせ。香川産のオリーブの葉を餌に混ぜた「オリーブハマチ」など、個性的なラインナップが魅力

香川の「お国自慢」が止まらない

塩津さんも亀井さんも、地元を離れて10年以上が経つ。それでも、いまなお香川には強い愛着を抱いている。

そんな2人が香川の美点について語り始めると、もう止まらなくなる。

――あらためて、香川の魅力を教えてください。

香川はとにかく住みやすいんですよ。1年を通して温暖ですし、夏も湿度が低いので日陰に入れば快適です。土地も平坦で、坂が少ない。 それから、高松市には日本最長クラスのアーケード(総延長約2.7キロメートル)を持つ「高松中央商店街」があります。商店街には約1000軒の店があって、雨の日でも利用しやすい。まあ、雨は滅多に降らないんですけど(笑)。あとは、中心部に介護施設や大きな病院が集まるコンパクトな街が形成されていて、高齢者も暮らしやすいと思います。

塩津

僕は高松中央商店街のすぐ近くに住んでいたので、いつもアーケードを通っていました。本当に、すごいスケールですよ。東急線沿線の武蔵小山にも長いアーケード商店街がありますが、あの数倍の長さですからね。

亀井

あとは、高松市に栗林公園という大名庭園があって、世界中から観光客が訪れます。とても広大かつきれいな庭園なので、香川に行ったらぜひ足を運んでほしいですね。

亀井

香川って、関東の人からすると「田舎」っていうイメージだと思いますが、高松の中心部は東京にも引けを取らないくらい街並みが洗練されているんです。電柱の地中化も、かなり早くから行われていましたしね。物価も家賃も安いですし、何より美味しいうどんを安く食べられます。

塩津

高松の中心部から車で10分くらい走れば、海にも山にもいけますし、ゴルフ場もたくさんある。アウトドア好きにとっても、魅力的な環境だと思います。僕自身、いまは高松の実家がなくなり帰省する機会が減りましたが、老後は地元に戻ってゆっくり暮らしたいですね。

亀井

――すごい!「お国自慢」が止まりませんね。

もちろん、東京にも魅力はたくさんあります。特に、大岡山は良い街ですよね。都内では、かなり住みやすいところだと思います。学生街なので日中はにぎやかだけど、夜はとても静かです。商店街があって飲食店も多いですしね。

塩津

ただ、これは東急線沿線全般に言えることですが、うどん屋が少ないですね。特に、讃岐うどんを食べられる店が見当たらない。

塩津

――そこが数少ない欠点の1つでしょうか。

そうですね(笑)。ですから、これから沿線の讃岐うどん屋がない街に、どんどん出店していきたいんです。そして、東急線沿線の人たちに本場の讃岐うどんの味を知ってもらいたいですね。

塩津

発言の隅々から強烈な地元愛、そしてうどん愛を感じさせた塩津さんと亀井さん。2人いわく香川では、朝昼夜の3食すべてでうどんを口にする日も少なくないのだとか。

それほどまでに、地元民に愛される讃岐うどん。本場の味を東京で体験できる場として、酒菜屋 てんまいは貴重な存在かもしれない。

大岡山は、絶品のうどんを食べられる場所。この地を訪れる機会ができたら、ぜひ思い出してほしい。

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Information 取扱店舗情報

酒菜屋 てんまい

住所:東京都大田区北千束1-45-10 田山ビルB1F

TEL:03-3717-6388

営業時間:11:00〜15:00、17:00〜22:00

定休日:月曜

アクセス:東急目黒線、大井町線大岡山駅から徒歩約1分

店舗情報は2025年4月時点のものとなります。

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