愛猫と常連を守るために、あえてお客さまを「選ぶ」。駒沢大学の居酒屋、スイレンの譲れない流儀
- 取材・文:三浦希
- 写真:大西陽
- 編集:川谷恭平(CINRA)
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世田谷区と目黒区の境界に位置し、渋谷駅まで約7分という抜群のアクセスを誇る駒沢大学駅。その名のとおり、多くの学生が行き交うエリアであり、近くには緑豊かな「駒沢オリンピック公園」も広がることからファミリー層からも人気の街として知られている。
そんな駒沢大学駅の近くに、ちょっと不思議な居酒屋があるという。「縁線図鑑」に寄せられたウワサによると(※1)、そのお店にはいつも1匹の猫がいるらしい。店名は「スイレン」。
駅前商店街沿いに位置するこの店には、常連客と猫の深い愛情と絆があり、人と人、人と猫をつなぐ温かな 「縁」が息づく。そんなスイレンでプロポーズをした西澤さん夫婦、そして店主・古舘篤史さんが、店を包み込む特別な縁について語ってくれた。
* 1 縁線図鑑では、人と人の縁を感じられる魅力的なお店の推薦を受け付けています。投稿はこちらから

「家族」が生まれる居酒屋
――まずは、お店の歴史について教えてください。
僕自身、かなりフラフラしていたんですよね。もともと桜新町のあたりでアルバイトをしながら暮らしていたのですが、そのころに駒沢大学駅周辺を訪れることがあって。 当時、この場所には中華屋さんが入っていて、美味しそうだなぁと思い、ふらっと入店したんです。すると店主から「腰が悪くなってきていて、もう店を閉めようと思ってるんだ」と話をいただきました。もともと、なんとなく居酒屋をやりたい気持ちもあったので、先輩とともに、この場所でお店を開くことにしたのが、オープンのきっかけですね。
古舘


――店名の「スイレン」には、どんな由来があるのでしょうか?
いまから30年ほど前に出会ったバンドの名前なんです。はじめて聴いたとき、ものすごくかっこいいなぁと思い、ボーカルの人に声をかけてライブの打ち上げに参加させてもらったんですよね。 そのとき「なんか夢はないのか?」と聞かれて。ふと「居酒屋をやりたいんですよ」と話したところ、「それならこの名前を使えばいい」と、「SUIREN」の名前をいただくことになったんです。「酔連」という意味にも通じ、“酔う連中” と表せることもあり、この店名に決めました。
古舘



――そんな経緯があったんですね。
もしこの店が立ち行かなくなってしまったら、あのとき「夢はないのか?」と声をかけてくれたバンドの兄貴にも申し訳ない。だからこそ、いまもこうして頑張れているのかもしれません。それも1つの 「縁」なのかな、と。 少々話が逸れますが、飼い猫のトムに対しても同じことを思っていますね。命を預かる責任、というか。そういう「縁」が重なり合ってこの店が成り立っているわけです。
古舘

――このお店の常連である西澤さんは、バンド名のエピソードを知っていましたか?
初めて聞きましたね(笑)。私たち夫婦が最初にスイレンに来たのは、2022年2月。駒沢エリアに引っ越してきたばかりで、右も左もわからない状態でした。でも、一人飲みが好きなので、「駒沢 一人飲み」とネットで調べてみたんです。
希姫


――つまり、駒沢で最初の一人飲みがここだったんですね。
そうなんです。口コミサイトに「猫ちゃんがいる」「料理がおいしい」と書かれていて、勇気を出して来てみました。店長と目が合い、「入るならどうぞ」と言われたのをいまでも覚えています。入ってみると、ものすごく居心地が良かったので、すぐに彼も呼んだんですよ。それからずっと、このお店のことが大好きです。
希姫

じつはこの二人、スイレンで結ばれたんだよね(笑)。
古舘


――えぇっ!? プロポーズをここでした、ということですか?
彼女が僕とのペアリングを失くしてしまった話をしていたときに、「僕はいつでも結婚できるけど……」と言いました。ちょっと恥ずかしいですね……(笑)。
龍星

もちろん、龍星は酔っ払ってプロポーズしたわけじゃないよ(笑)。二人が結ばれてすごくうれしかったなぁ。 僕はいつもワンオペで店を回しているから、時折常連さんがドリンクや料理の提供を手伝ってくれたりもするんだけど、希姫ちゃんや龍星は特別。まるで家族のような存在で、いつも頼りにさせてもらっています。
古舘

自分で飲むものを自らつくったりね(笑)。常連同士の距離も近くて、スイレンでお酒を飲むと、すごくアットホームで穏やかな気持ちになれるんです。それこそが、このお店を愛する理由ですね。
希姫


メニューにない一杯と、じっくり煮込まれたオムライスの秘密
店主・古舘さんが貫く、お店への想い。それは「守るべき大切なもの」への愛情とも言えるのかもしれない。そんなスイレンには、希姫さんと龍星さんがこよなく愛するメニューがある。
――では、そんな西澤夫妻が愛するメニューについて聞かせてください。
まず、飲み物から。私はスイレンに来ると、必ずウイスキーのウーロン茶割りを頼みます。一般的な「ウーロンハイ」は焼酎を使いますが、「ウイスキーを入れたら美味しいのかな?」と思って、店長に許可をもらい試してみたんです。そしたら、とってもおいしくて。それ以来、ずっとこればかり。メニューには載ってない「私だけの味」なんですよ。
希姫

ウイスキーの緑茶割りはメニューにあるけど、ウーロン茶割りは希姫ちゃんのオリジナルだよね。龍星は、いつも緑茶割り派だよね。
古舘

そうですね。カウンターに並んで、それぞれウイスキーのウーロン茶割りと、緑茶割りを飲んでいて。その時間が、すごく好きです。
龍星



――まさに常連だからこそ生まれたメニューですね。では、料理についてはいかがでしょう?
絶対に頼むのはポテトサラダ。初めて来たとき、ポテトサラダを注文したら、一緒にソースを出してくれたんです。それがとにかくうれしくて。私、小さいころ、ポテトサラダにはソースをかけて食べるのが当たり前だったです。あの懐かしい味を思い出した瞬間、思わずテンションが上がりました。それ以来、毎回注文しています。
希姫


スイレンの料理は、全体的に薄味なんだけど、ポテトサラダだけは特別。甘みの強い「メークイン」を使い、マヨネーズも控えめ。だからこそ、ソースがすごくあうんだと思います。
古舘

「ソースかけてもいいんだ……!」と、ものすごくうれしかったですね。
希姫

――古舘さんがこだわっているほかのメニューも気になります。
「特別なこだわりはない」と言いたいところだけど、オムライスだけは少し手間をかけています。ケチャップを3時間 煮詰めて水分を飛ばし、玉ねぎや鶏肉を加えて、さらに3時間煮込んでいます。そうすることで、ケチャップの酸味が抜けてまろやかになり、トマトの甘みが凝縮されるんです。チキンライスの味にはけっこうこだわっていますね。
古舘




あとは「ポテトカレーフライ」。ただポテトフライにカレー粉をまぶすだけじゃなく、特製のあわせ塩を一振りすることで、ほかにない味になっているのかなぁ、と。
古舘


さて、全部の料理がそろったよ。