三重の食と濃厚なソウル音楽が魅力。軽妙なノリで語らう店主と常連が、用賀の街を盛り上げる
- 取材・文:三浦希
- 写真:北原千恵美
- 編集:藤﨑竜介(CINRA)
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東急田園都市線の人気駅、二子玉川の隣に位置する用賀。いわゆる都会ではあるものの、のんびりとした雰囲気に包まれる魅力的なエリアだ。
そんな用賀で10年以上も愛され続けているのが、鉄板酒場キイハントー。三重県出身の店主・長野豪毅さんが紀伊半島発の食材や料理をふるまい、また店内ではソウルミュージックの名曲が絶えず流れ、温かい雰囲気を生んでいる。
今回は店主の長野さんと、キイハントーに2017年から通い続ける同じく三重出身の河合勇樹さんに、語り合ってもらった。
「地元と同じで、変わらずにいてくれることがうれしい」と、ビールを飲みつつ顔をちょっぴり赤らめながら話してくれた河合さんと、その姿を見ながらにっこり笑みをたたえていた長野さん。彼らのリズミカルかつ愛情たっぷりの掛け合いから、この店の魅力を味わってほしい。
三重出身、かつソウル音楽ファン同士で意気投合
――まずは、キイハントーに7年も通い続けているという河合さんに、この店の魅力を聞いてみたいです。
インタビューの前に、一つだけ。僕、お酒を飲まないとあんまり上手いこと話せないから、先にビール飲んでもええかな(笑)。
河合

――もちろん、たっぷり召し上がってください。
じゃ、長野さんよろしく。
河合

いいよ。もちろん飲んでもいいけど、ちゃんと話してね(笑)。
長野

わかってるって。
河合


で、そうだそうだ。鉄板酒場キイハントーの魅力だよね。それで言うと、大きく2つあって。それは「なんも変わらない」のと、「ていねいな仕事をしてくれる」ことかな。
河合

――変わらないとは?
もちろん、メニューなんかは季節によって変わったりしていると思うけど、根っこの部分、「店のあ り方」はずっと変わらないんだよね。いつどんなタイミングでお邪魔しても、なんも変わってない。そこに安心している部分は大いにあるなぁ。 ネガティブな意味では全然なく、むしろポジティブな意味でしかない。変わったのは、僕がちょっと生意気になっただけやね。初めて来た時は、もうちょっとおとなしかったような(笑)。
河合

――変わらないから安心する。なんとなく、地元に抱く感覚にも近いような気がします。
本当にそう。なんか、落ち着くんだよね。僕の地元は三重県の南の港町なんだけど、長野さんも同じく三重県出身で。だからこうして、仲良くなれたのもあると思う。うれしいことだよね。 あと、長野さんも僕もソウルミュージックの大ファンで、ここに来るといつも好きな音楽が流れている。その部分も、安心感につながっているのかもね。 そうだ、今日は何にしようかな……長野さん、あれかけてよ。グラディス・ナイト&ザ・ピップスの「夜汽車よ! ジョージアへ」。
河合

オッケー! いいよね、この曲。何回聴いても、飽きない。
長野

――趣味が共通するのは、大きいですね。では「ていねいな仕事をしてくれる」というのは。
こうして客席がカウンターだけだし、長野さんの調理風景がよく見えるんだよね。キッチンの周りがキチッと整理されていて、出てくる料理はめちゃくちゃ手が込んでいてさ。トイレなんかも、すごくきれい。すべてがていねいなんだよね。
河合


そんな褒めてもなんも出ぇへんで(笑)。でも、やっぱりうれしいですね。僕自身、ほかの飲食店で食べたり飲んだりするのが、結構好きなんですよ。さまざまな店を見て、たくさんの刺激を受けていて。「自分の店もこうせなアカンな」とか、 いろいろと勉強させてもらっています。
長野

音楽好きでつながる縁。東京のソウルバーは、海外の有名ラッパーをも魅了
ソウルミュージックの店だけに、コール・アンド・レスポンス(*)のごとく絶妙な掛け合いを繰り広げる、2人。関西弁の軽妙さもあいまって、小気味良く会話のラリーが続く。そして、次々と流れるソウルの名曲が、雰囲気に彩りを添える。
*音楽の実演などにおいて、ある演者の呼びかけに別の演者や聴衆が呼応して掛け合いの状態になる様式。ソウルのルーツであるゴスペルなどに由来する
――店内を見て真っ先に気になったのが、ソウルミュージックのレコードやCDがズラリと並んでいることでした。どういった経緯で、ソウルの店になったのでしょうか。
鉄板酒場キイハントーを始めたのは2014年ですが、その前にはソウルバーを経営していたんですよ。もともとソウルミュージックが大好きなのもあって。この店を始める際に、ソウルバーにあったレコードなどをそっくりそのまま移したんです。いわば「名残」というか。
長野



それで言うと、僕もソウルバーで働いていたことがあって。
河合

河合くんが働いていた店、僕も知ってるよ。ソウルミュージックが好きな人って、結構横でつながってるんですよ。いろいろなソウルバーをぐるぐる回っているお客さんもいますしね。 そういえば海外のある有名ラッパーも、来日時に東京のソウルバーで飲み歩いているみたい。ここにも来ないかなぁ。
長野


話してる途中にごめん、長野さん。おかわりしてもいいかな(笑)。あ、ビールはもうやめとこ。次は、伊勢茶ハイをもらおうかな。
河合

――伊勢茶ハイとは。
三重県産のお茶は、伊勢茶って呼ばれているんです。それと、三重の宮崎本店という会社が製造するキンミヤ焼酎を組み合わせたものですね。伊勢茶はほかのお茶よりも甘みが強くて、この店で出しているおつまみにもよく合う味わいが特徴です。
長野


――キンミヤは三重の会社がつくっているんですね。
うん、でも意外と知られていなくて……。そうだ河合くん、なんか食べるもの出そうか。
長野

その言葉、待ってたよ。ねぎ焼きと、サメたれで。
河合

あんまり飲みすぎないようにね。いや、飲んだほうが話せるか。河合くん、じつは結構恥ずかしがり屋だから(笑)。
長野

酒にぴったりのサメたれなど、三重ならではの食材あり
長野さんが調理を始めると、たちまち店内に香ばしい匂いが立ち込める。三重県産の小麦粉「あやひかり」を100%使用し、ほかにも契約農家から直接仕入れているという青ネギや醤油など、さまざまな三重の食材を生かした「ねぎ焼き」が登場。


――とってもおいしそうですね。
これはホンマにうまい。ほんのり甘くて、ネギの香りがしっかり鼻を抜けていく感じ。絶妙だね。伊勢茶ハイの味わいとも、ぴったり。
河合


サメたれも、どうぞ。
長野


――サメたれは、どんな料理なのですか。
伊勢志摩地域の特産品で、鮫(さめ)の干物ですね。旨味が強く、伊勢茶ハイでも三重の日本酒でも、もちろんビールやハイボールでも、どんなお酒にもよく合う一品です。
長野

これも、めちゃくちゃうまいよね。お酒に合って、グイグイ飲んじゃう。子どものころは、これが弁当に入ってたんだよな。当時はちょっと嫌だったけど、いま思えば「なんで嫌がってたんやろ……」って、少し後悔してる。インタビュアーさんも、食べてみ。
河合

――長野さんが言うように、旨味がものすごく強いですね。
うれしいなぁ。三重県には、そういったおいしいものが山ほどあるんですよ。たとえば、松坂牛なんかは代表例かも。三重県の人たちはみんな「まっつぁかぎゅう」と呼ぶんですよ。
長野

そうそう、まっつぁかぎゅう。これを聞くと、三重県出身かそうでないかが一発でわかるんだよね。それに、牛肉だけじゃなく、海鮮なんかも本当にうまい。僕の地元、三重の南側なんかは特に。四日市出身の長野さんは「田舎だ」ってイジってくるけどね。
河合

河合くんは、僕の家族と一緒に三重へ帰ったこともあるぐらい、本当に仲良くしてくれていて。コロナ前、2019年ころのことかな。なんだかすごく懐かしいよ。
長野

用賀のアットホームな経済圏で、ラップとソウルの架け橋にも
――家族ぐるみのつき合いなんですね。
気がついたら、それくらい近い間柄になってたよね。それに、こ こでできたほかの友達も、本当に多い。キイハントーで仲良くなった人と、また別の酒場へ行ったことも、数えられないくらいあるし。
河合

用賀の街がそうさせている面も、あるかもしれないよね。用賀に住んでいる人たちって、わざわざほかの街に行かずに、用賀でお酒を飲む傾向にあるんですよ。小さい店が多くあって、それぞれがしっかりとつながっていて。小さな経済圏が、用賀には確かにあるんです。
長野


僕自身、バンドを組んでいて、用賀のライブハウスで演奏したりもするのですが、そこに来てくれたお客さんがこの店に来てくれることもあったり。店同士の連帯があって、それはお客さんのなかにも、確かにあるはず。一つのコミュニティに属しているような感覚が。
長野

用賀っていい意味で、規模がちっちゃいんですよね。だから、人と人の距離が近い気がする。
河合


とはいえ、最近は変化もあるよね。大きな街ビルが建てられたり、新しい人たちが増えたり。それは、決して悪いことじゃない。
長野

――新しい縁も生まれそうですね。
そう。この店でも、ヒップホップやR&B好きの若者が、サンプリング元のソウルの名曲を聴いて「これ、聴いたことある!」と興味を抱くことがあって。
長野

そういうのは、本当にいいよね。カニエ・ウェストなんかも、ソウルの名曲をいっぱいサンプリングしているし。
河合

うん。だから店のあり方としても、初めて来る若者でも入りやすく、さまざまな人たちが交流しあえる場であり続けたいですね。
長野


三重の食×ソウルミュージックという、唯一無二のテーマで訪れる人を魅了する鉄板酒場キイハントー。主張の強い味と音が、味覚、そして聴覚を楽しませてくれる。
今宵もグルーヴィな音楽と気さくな常連客によって、大いに盛り上がっているはず。臆せず、ちょっとだけ勇気を出して、飛び込んでみよう。長野さんが「ていねいな仕事」と笑顔で、迎え入れてくれるはずだ。

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