二子新地で味わう台湾の国民食「麺線」。故郷の味に感動し、10年通う台湾出身の常連と店主の絆
- 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
- 写真:北原千恵美
- 編集:藤﨑竜介(CINRA)
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東急田園都市線の二子新地駅。近隣の二子玉川駅、溝の口駅の賑やかさに比べると、落ち着いた雰囲気が漂う。すぐそばには多摩川周辺の豊かな自然が広がり、おだやかな暮らしを望む人にはこの上ない環境かもしれない。
駅から閑静な住宅街を5分ほど歩いたあたりに、集合住宅の1階部分を利用した小さな店がある。麺線(めんせん)や魯肉飯(ルーローハン)など、本場の台湾料理を味わえる麺線屋 formosa(以下、フォルモサ)だ。
日本ではあまりなじみのない料理だが、台湾では国民食の一つとして愛されている麺線。店主のチン・ユーテイ(陳俞嫃、以下はチン)さんは、麺線をはじめとする台湾独自の食文化を知ってもらいたいと、2015年に店を開いた。
日本在住の台湾人や、台湾にルーツを持つ人たちも数多く通うという、フォルモサ。店がオープンしたころから通い続けている常連客のスー・ファンイン(蘇芳瑩、以下はスー)さんも、その一人だ。「私にとって故郷のような店です」というスーさん。その魅力と台湾への思いを、店主のチンさんとたっぷり語り合ってもらった。
来日直後の心細い日々を支えてくれた、懐かしい麺線の味
――スーさんはフォルモサに通い始めてもう10年になるそうですね。
はい。初めて来たのは、結婚を機に台湾から日本に移住したばかりのころでした。当時は日本食にまだあまり慣れていなくて……。台湾料理を食べられるところを探していたときに、フォルモサを見つけたんです。 「麺線がある! 魯肉飯も!」とびっくりしました。実際に食べてみたら本当に台湾の味そのもので、すごくうれしかったのを覚えています。
スー

――10年前だといま以上に、台湾料理の店がめずらしかったかもしれないですね。その後、ほかの店の麺線も食べてみましたか。
ええ。でも、この店の味が一番好きですね。最初のころは毎週のように来ましたし、いまでも月に3回くらいはここでランチを食べています。
スー


――当時は、店がオープンしたばかりですよね。
そうです。2015年の1月が正式オープンなので、もうすぐ丸10年ですね(*)。
チン

* インタビューは2024年11月に実施

私が通い始めたころはお客さんが少なかったけど、どんどん人気になったよね。チンさん、よく頑張ったね。
スー

スーさんもずっと通ってくれてありがとう。最初は息子さんともよく来ていたよね。
チン

息子は、3歳のときからフォルモサの料理を食べていますからね。いまは私一人で来ることが多いけど、必ず息子用に冷凍の麺線と魯肉飯をテイクアウトして帰ります。 中学の部活から帰ってきてまだご飯ができていないときは、自分でレンジで温めて食べていますよ。いまでも、大好きみたい。
スー

いまも食べてくれているんだ。うれしい。小学生くらいまでは、スーさんと自転車2台でよく店に来てくれていたのを覚えています。
チン

台湾の言葉でも日本語でも交流。子育ての情報交換も
――スーさんは料理以外に、この店のどんなところが気に入っていますか。
雰囲気ですね。台湾に住んでいたころに通っていた店にも、よく似ています。
スー



それに、チンさんやスタッフの皆さんも大好き。私が店に入るといつも「スーさん〜」って出迎えてくれて。自分にとっては、ふるさとのような存在です。
スー

うちのスタッフは、みんなスーさんが大好きだから。
チン

スタッフさんは台湾人も日本人もいて、台湾の言葉でも日本語でも交流できるのがうれしいです。私はいつもカウンターの決まった席に座って、ランチを食べながらおしゃべりするのがストレス解消になっていますね。 年齢の近いママ友みたいなスタッフさんもいて、子育ての情報交換もしますよ。
スー


――スタッフさんだけでなく、ほかの常連さんとの交流もありますか。
そうですね。この前も私が店に入っていつもの席に座ったら、先にテーブルで食事をしていた常連さんに声をかけられました。同じランチの時間帯に来る人とは、けっこう仲良くなりますね。
スー

平日は近所のお客さんが中心ですが、休日は都内から台湾人のお客さんもたくさん来ます。やはり、日本ではまだ麺線を食べられる店が少ないので、当初のスーさんのように台湾の味が懐かしいのかもしれませんね。
チン

職人が心血を注ぐフォルモサの麺線は、家だとなかなかつくれない
フォルモサの看板料理であり、台湾を代表するローカルフードでもある麺線。かつおだしがベースのとろみのあるスープで、じっくりと煮込んだ細い麺を、具のモツと一緒にレンゲですくって味わう。まろやかな滋味のなかに少しの辛みがきいていて、するすると食べ進められてしまう。
チンさんは10年前の開業時から、台湾の伝統的な麺線にこだわってきた。本場の味が正しく伝わってほしいという、強い思いがあったからだ。
――魯肉飯は日本でもポピュラーになりつつありますが、麺線のことは知らない人も多いと思います。台湾では一般的な料理なのでしょうか。
台湾には麺線の専門店がたくさんありますし、 夜市の屋台でも人気のメニューです。朝食、昼食、夕食におやつ、どのタイミングでも食べます。 ただ、日本ではまだあまり知られていなくて、フォルモサがオープンしたころはほかに食べられる店はほとんどなかったと思います。
チン


――スーさんは、麺線のどんなところが好きですか。
風味と麺の食感が、最高ですね。あと、普通は麺類ってしばらく経つと伸びてしまいますが、麺線はもともと柔らかい「煮込み麺」だから、時間をかけて食べても伸びません。 私はスタッフさんとおしゃべりしながらゆっくり味わいたいので、ずっとおいしい状態なのはありがたいです。
スー


――ちなみに、自宅では麺線をつくらないんですか。
日本のスーパーでこの麺はほとんど売っていないし、そもそもすごく手間がかかる料理なんです。具のモツを洗うのも大変だし、煮込むのにも時間がかかるから家だとなかなかつくれません。 台湾でも、麺線は店で食べるものですね。
スー

スーさんが言うように、日本では麺が手に入りにくいので、台湾の製麺所から取り寄せています。現地の工場をたくさん回って、本当においしいと思ったものを厳選しました。 うちの麺は職人さんが手で伸ばしているのですが、機械で伸ばしたものと比べると、舌触りや食感がまるで違うんですよ。
チン


台湾の名所は、台北以外にも。魅力ある食文化を知ってほしい
スーさんもチンさんも、台湾生まれ。やはり故郷への思いは、強い。「むしろ離れてからのほうが、好きになっている」という2人の熱のこもった“お国自慢”からは、台湾出身者としての誇りも垣間見える。
――チンさんは、いつから日本に住んでいるのですか。
中学生のころに日本で暮らすようになりました。でも、親族はいまも台湾で暮らしていますし、帰省や食材の買いつけなど用事も多いので、日本と台湾をこまめに行き来しています。 ちなみに、二子新地に来たのは店をオープンする少し前なので、住み始めて12年くらいです。都心部と比べると静かで落ち着いていて、とても暮らしやすい街だと思います。
チン

――どんなところに暮らしやすさを感じますか。
絶妙に「ほど良い」ですよね。適度な賑わいがあって、物価も高すぎない。いろいろな意味でバランスが良くて、一度住むとなかなか離れられない街だと思います。
チン


それから、お客さんや近所の人たちを見ていても、穏やかな印象を受けます。 お酒を提供する店って、酔っ払ったお客さんがトラブルを起こすケースも多いと聞きますが、フォルモサではこの10年、トラブルや嫌な思いをしたことはほとんどなくて。
チン


そういう意味では、街や地域の人たちに守られているような感覚がありますね。
チン

――ちなみに、チンさんとスーさんの故郷はどんなところなんですか。
私は、台湾の最南端の屏東県というところです。豚足の名産地で、薬膳でとろとろになるまで煮込んだ豚足料理はおいしいですよ。フォルモ サのメニューにもあって、とても人気です。 きれいな海沿いのリゾート地としても、有名な街です。
チン

私の故郷は彰化県という、台北から2時間半くらいの場所ですね。海沿いの歴史ある街で、高さ20メートル超の彰化大仏が有名です。
スー

スーさんの故郷、すごくいいところですよね。じつは5年くらい前にたまたま2人の帰省時期が重なって、彰化までスーさんに会いに行ったんです。 そのときにスーさんがいろいろな場所を案内してくれました。街並みに風情があって食べ物も美味しくて、楽しかったなあ。
チン

――観光地としては台北が人気ですが、ほかにも魅力的な場所がたくさんありそうです。
そうそう。いろいろな良さがありつつ、やっぱり一番は食べ物ですね。どの地域にも、魅力的なグルメがあります。しかも時間を問わず、いつでも外で美味しいものが食べられる。 日本だと朝の時間帯はあまり店が開いていませんが、台湾では早朝からお粥を食べられる店があるし、24時間やっている夜市もあります。
スー

美味しいだけでなく、健康的な料理を食べられるのも台湾の魅力だと思います。魯肉飯のようなポピュラーなメニューにも漢方などが使われていて、意識しなくても体に良い食事を摂れるんです。 そういう素晴らしい食文化は、ぜひ多くの人に知ってほしいですね。
チン


長く日本に定住し帰化をしてからも、ルーツである台湾への思いを抱き続けるチンさん。フォルモサは、そんな故郷への思いを具現化した場所でもある。
そして、スーさんにとっても、異国 の地での慣れない新生活に不安だらけだった日々を支えてくれた、かけがえのない存在だ。
台湾語と日本語が入り混じる不思議な空間。そこはまるで、日本と台湾の架け橋のようにも思えた。
台湾の別称であり、ポルトガル語で「美しい」を意味するformosa(フォルモサ)。これからも、この場所で美しい縁が生まれていきそうだ。

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