縁線図鑑気づけばほら、つながりだらけ。

No.001

同郷人のご縁飯 〜青森〜

女店主が青森の味で人をつなぐ三軒茶屋の隠れ家。13年通う常連が語る、その店の魔力

  • 取材・文:多田慎介
  • 写真:坂口愛弥(TABUN)
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)

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東急田園都市線の三軒茶屋駅からほど近く、個性的な飲食店が軒を連ねるディープスポットがある。世田谷通りと国道246号線が斜めに交わり鋭角を成すこのあたりは、いつしか三角地帯と呼ばれるようになった。

陽が落ちると、三角地帯にはお気に入りの店を目指して歩く常連客たちの姿が目立つようになる。青森県出身の木沢いずみさんが営むトゥアック ジャムも、そんな常連客に愛される三角地帯の人気店。年季の入った雑居ビルの7階に店を構え、目立つ看板もないのに、客足が途絶えることはない。

メニューは青森の食材を使った創作料理と、厳選した梅酒が中心。13年間通っているという岡田ジョージさんは、「料理が本当においしくて、とくに『ねぶた漬のペペロンチーノ』は中毒性が高い」と絶賛する。ただ彼によると、常連客がここに集う理由は料理や酒のクオリティだけではないらしい。

特筆すべきは「ほかの場所では出会えないような人とも知り合えて、いろいろな縁が生まれる」(ジョージさん)という点。店主のいずみさんと、同じく青森とつながりがあるというジョージさんにトゥアック ジャムへの思いを聞きつつ、さまざまな縁を生むこの店の不思議な「魔力」に迫った。

破天荒な占い師から謎の大富豪まで……さまざまな縁を生むトゥアック ジャム

——トゥアック ジャムに通うようになったきっかけを教えてください。

飲み仲間に誘われたことです。「ジョージが好きそうな料理だし、店主とも波長が合うはず」と言われて、2011年に初めて訪れました。 僕は都内の別の場所に拠点を置いていて、以前は三軒茶屋を訪れる機会がほとんどありませんでした。たまに昭和女子大学の人見記念講堂や、この近くのライブハウスで開催されるコンサートに、出演する程度。ただ、三角地帯に点在する隠れ家的なお店には興味があったので、ワクワクしながら足を踏み入れたのを覚えています。

ジョージ

トゥアック ジャムに13年ほど通う岡田ジョージさん(左)と、店主の木沢いずみさん(右)。ジョージさんはシンガーソングライターとして活動している

——実際に足を運んでみて、トゥアック ジャムにどんな魅力を感じましたか。

ごはんとお酒がおいしいことはもちろん、人との出会いも魅力だと感じます。この店では、僕の人生においてほかの場所では出会えないような人とも知り合えて、いろいろな縁が生まれるんですよ。 お酒が大好きで破天荒な生き方を貫いている占い師とか、あくせく働いているわけでもないのにやたらとお金を持っている大富豪とか……。属性も職業もさまざまなのに、不思議とウマが合って、「休みの日に会いたい」と思える友人が増えました。そうした友人たちとはトゥアック ジャム以外の店で飲むこともありますし、一緒に旅行やバーベキューをすることもあります。 そういえば、この場所で出会って結婚したカップルも15組くらいいます。店主のいずみちゃんと一緒に結婚式に参列したことも。僕たちは見ず知らずの2人が出会い、仲を深めていく模様をずっと見守っていたので、挙式に立ち会えたことは感慨深かったですね。

ジョージ

——ジョージさんはどんな場所でも、知らない人と積極的にコミュニケーションを取るタイプなのでしょうか。

そんなことはないです。むしろ僕は人見知りなほうかも。でもここにいると素の自分になれるというか、何も取り繕わなくていいと思えるんですよね。 それはいずみちゃんのおかげだと思っています。いずみちゃん自身が何でもオープンに話して、知らない人同士でも仲良くなれるように店の雰囲気を作り上げているんですよ。 互いに楽しい時間を過ごせるよう気を配っているし、横柄な態度を取ることもありません。初めて訪れる人にもフレンドリーに接するから、新しい仲間がどんどん増えていくんです。

ジョージ

客同士のつながりを育みつつ、店主自身も人生を楽しむための店

ジョージさんは店主を「いずみちゃん」と呼び、彼女は親しみを込めて「ジョージ」と返す。ジョージさんが初めてトゥアック ジャムを訪れた夜から、早くもこの気取らない間柄が生まれていたという。

いずみさんはどんな思いでトゥアック ジャムを経営しているのか。開業から現在までの歩みを聞いてみた。

——トゥアック ジャムは2007年オープンなので、もう18年目(*)になりますね。開業の経緯を教えてください。

*インタビューは2024年8月に実施

地元・青森の高校を卒業したあとに上京して、いくつかの仕事に就きました。いろいろ経験しつつ、飲食業がとくにおもしろいと思うようになっていったんです。 開業のきっかけは、ある都心のバーで働いていたときのこと。常連さんの1人がインテリアデザイナーで、店舗づくりやお金の流れなどを私に教えつつ、「飲食業界でやっていくなら独立してみたら?」と勧めてくれたんです。 当時20代半ば。一念発起して銀行からまとまったお金を借り、この店を開きました。

いずみ

——若くして大きなリスクを取る決断をしたのですね。不安はありませんでしたか。

生来の負けん気が働いて「絶対に成功してやる!」と意気込んでいました。やるだけやってダメなら、青森に帰ればいいとも思っていましたね。

いずみ

——店のつくりを見ると大テーブルが1つとソファー席が2つ、全体で15席ですよね。常連客が増えていくなかで、増床したり2号店を出したりすることは考えなかったのでしょうか。

私は自分の責任で、自分の目の届く範囲だけでやりたいんですよ。身の丈以上の規模は求めず、利益よりも「自分がどうありたいか」を大切にしてきました。 私の好きな人たちを招き、みんながどんどんつながり、その輪のなかで私自身も人生を楽しむ。トゥアック ジャムはもちろんお客さんあっての店ですが、私のための居場所でもあるんです。

いずみ

大テーブル1つ(手前)とソファー席2つ(奥)、全体で15席のアットホームな空間

ねぶた漬のペペロンチーノが思い出させる、青森の祖母の声

ジョージさんのお気に入りである「ねぶた漬のペペロンチーノ」はほかの常連客からも大人気で、いまではトゥアック ジャムの看板メニューの一つ。

じつは僕はペペロンチーノが大好きで、いろいろな店でこの料理を注文して味を比べるのが、ちょっとした趣味なんです」とジョージさんは話す。その決して甘くはない舌を満足させた、いずみさん独自のペペロンチーノ。重要なアクセントとなっている「ねぶた漬」とは、数の子、昆布、スルメなどを使って青森で作られている醤油漬の一種だ。

たいずみさんは、この人気メニューを支えるもう1つの食材として「青森産のにんにく」の存在を明かす。「これじゃなければ出せない香りがある」のだという。

ねぶた漬、青森産のにんにくを用いてつくる、唯一無二のペペロンチーノ

——トゥアック ジャムで使っているという、地元・青森など地方産の食材の魅力とは。

それぞれ、独特の味わいがあると思います。たとえば上京したばかりのころ、スーパーで買った醤油を納豆にかけて食べて、衝撃を受けたんですよ。「何これ、私が慣れ親しんできた醤油とは全然違う……」と。 ペペロンチーノで使うにんにくをはじめ、この店で使うほかの食材も魅力的な個性を持ったものばかり。東京で入手するとどうしてもコスト高になりがちですが、そこはこだわりですね。 私が慣れ親しんできたおいしさをお客さんとシェアしたいという思いもあって、原価率とにらめっこしながらそういった食材を仕入れています。

いずみ

——「ねぶた漬のペペロンチーノ」は開業当初から出しているのですか。

はい。こんな料理を出す店は三軒茶屋にはないだろうと思って、考案しました。ほかにもねぶた漬を使ったチャーハンや卵焼きも出していて、おかげさまでいずれも大人気です。

いずみ

——ジョージさんも青森の料理や食材に思い入れがあるのですね。

父が八戸市の出身で、僕が生まれたのも八戸なんです。生後間もなく埼玉へ引っ越しましたが、子どものころは年に4回くらい、寝台特急にゴトゴト揺られて帰省していました。 八戸に帰るといつも、祖母が作ってくれるねぶた漬を食べていましたね。青森では馬肉も定番食材で、馬肉のハンバーグがとてもおいしかったことも覚えています。

ジョージ

祖母は八戸弁のなまりが強くて、正直何を言っているのか聞き取れないこともあったんですよね。トゥアック ジャムの料理を初めて食べた際には、懐かしい祖母の八戸訛りが聞こえてくるような気がしました。 首都圏で暮らしていると青森の料理に触れる機会は多くない。その意味でもこの店は、貴重な場所だと思います。

ジョージ

若返り、新たな魅力を放つ三軒茶屋の三角地帯

独立を決意して手頃な物件を探し、三軒茶屋にたどり着いたいずみさん。飲み仲間の手引きでトゥアック ジャムを訪れたジョージさん。そして、この店に集う個性豊かな常連客たち。

まざまな人の人生が交錯する三軒茶屋という街を、2人はどんな思いで見つめているのだろう。

——いずみさんとジョージさんは、三軒茶屋にどんな魅力を感じますか。

とても住みやすい街だと思います。24時間営業のスーパーやディスカウントショップがあって、銀行などの施設も駅前に集中しています。夜中でも街が明るいから、安心して帰れますしね。

いずみ

渋谷にはよく行くけど三軒茶屋まで足を伸ばすことはあまりない、という人も多いかもしれません。三角地帯なんかはマニアックなイメージもあって、初めてだと気軽に店に入るのにも躊躇する人もいそうですよね。でも一歩踏み出してみると、こんなに楽しい街はなかなかないと思います。

ジョージ

三角地帯も新しい店が増えて、客層も若返ってきているので、以前より入りやすくなったのではないでしょうか。トゥアック ジャムにも気軽に足を運んでもらえたらと思います。どんなにシャイで無口な人でも、私がしっかりこの空間になじませますから。

いずみ

——たしかに三軒茶屋の街も変化を続けていますよね。今後、このエリアがどんなふうに発展していってほしいと思いますか。

三軒茶屋で商売をしている者としては、異業種のコラボレーションがどんどん広がっていくエリアになってほしいですね。実際にいま、トゥアック ジャムではお花屋さんとコラボしたワークショップの開催にも挑戦しているんです。

いずみ

常連客もいろいろと企んでいますよ。アーティストの展示会とか、手に職を持つ人が知見を共有するイベントとか。そうした試みからも、新しいつながりが生まれていくと思います。

ジョージ

私のこだわりだけで始めたトゥアック ジャムが18年間営業してこられたのも、人と人が出会い、新しい縁を生む場としての価値を発揮できたからだと思うんです。三軒茶屋という街全体で同じような価値をつくり出せるように、私も貢献していきたいですね。

いずみ

トゥアック ジャムが店を構える雑居ビルは、三角地帯のごく細い路地にあり、お世辞にも見つけやすいとは言い難い。しかも7階に上がるためのエレベーターは内壁に鏡が張り巡らされた異様な様相で、初めてだと入るのを躊躇する人がいてもおかしくない。

も一度店に足を踏み入れれば、友人宅のようなアットホームな雰囲気が、入店前のためらいをかき消すはず。そのギャップも、トゥアック ジャムの魅力かもしれない。

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Information 取扱店舗情報

トゥアック ジャム

住所:東京都世田谷区三軒茶屋2-14-12三元ビル703

TEL:070-6488-2483

営業時間:17:00〜24:00

定休日:日曜日

アクセス:東急田園都市線三軒茶屋駅から徒歩約1分

WEBサイトはこちら

店舗情報は2024年8月の取材時点のものとなります。

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