
講師 : 東急病院 内科・消化器科 梶原 幹生
毎回御好評を頂いている「肝臓病教室」、今年最後となる4回目の教室が平成21年12月17日開催されました。師走のお忙しい中、今回も50名を超える受講者の皆さんにお越し頂きました。今回の肝臓病教室のテーマは、「お酒と健康」です。忘年会、新年会を控え、飲酒をとりまく健康上の諸問題につき皆さん熱心に聴講されました。内容の要点につき下にお記しします。
古くから「御神酒(おみき)上がらぬ神はなし」と言い、お酒は私たちの生活に欠かせない行事や神事に重要な役割を果たしてきました。また、「酒は百薬の長」とも言われ、仕事や人間関係など疲れることが多い世の中で、お酒はその疲れをいやし、リラックスさせてくれる便利なものでもあります。科学的にも、適度な飲酒が胃液の分泌を促し消化機能を高め、さらに善玉コレステロールを増やして動脈硬化性の循環器疾患を予防する効果があることが確認されています。しかしながら、「五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡る」と言われるようにアルコールはすべての臓器に影響を及ぼし、長期間にわたる過量の飲酒はさまざまな健康問題を引き起こすこともまた事実です。今回は、アルコールと健康について、アルコール性臓器疾患の代表である肝疾患を中心にお話します。
アルコールによる臓器障害の中でもっとも有名なものは肝障害でしょう。なぜなら、口から入ったアルコールはその約90%が肝臓で代謝されるため、一番負担が掛かりやすいからです。アルコールは肝臓内の酵素により、アセトアルデヒド、さらには酢酸へと代謝され、最後には水と二酸化炭素にまで分解されます。肝臓は体にとって異物であるアルコールやアルデヒドを最優先で分解しようとするので、長期の大量飲酒により肝臓に負担が掛かるのは当然と言えます。ちなみに、アルデヒドは顔のほてりや動悸、頭痛などの飲酒による悪酔い、二日酔いの原因とされています。アルデヒドを分解する酵素の活性は人によって異なり、これによりたくさん飲める人、全然飲めない人、そしてその中間(お酒は飲めるが顔が赤くなるタイプ)の人が規定されているのです。
さて、長期にわたる大量の飲酒はほとんどの人に脂肪肝を引き起こします。健康診断などで指摘されるGOT(AST)、GPT(ALT)値の上昇、そして γ(ガンマ)-GTPの上昇は、アルコール性肝障害のサインである可能性があります。脂肪肝は一般には可逆性であり、飲酒をやめることで肝臓は元に戻ります。しかし、大量の飲酒を続けることでアルコール性肝炎や肝線維症という状態へ移行し、さらに進行すると不可逆な状態である肝硬変へと至ります。肝硬変へ進行するまでの期間や飲酒量は人によりさまざまですが、その過程で発熱や腹痛、黄疸(おうだん)などの症状を呈することもあります。自覚症状なく経過し、気付くと肝硬変へ至っていることもあります。肝硬変になると腹水や食道静脈瘤などの合併症を起こすほか、肝がんのリスクを高めることも知られており、その点からもアルコール性肝障害が疑われた時点で飲酒量を減らす、あるいはやめることが必要なのです。
肝臓の項でお話した肝がんのほかにも、口腔がん、咽頭(いんとう)・喉頭(こんとう)がん、食道がんなどは、飲酒している人に発生しやすいことがよく知られています。つまり、アルコール飲料は人にがんをもたらすことが明らかなのです。最近は飲酒と大腸がんや乳がんとの関連があることも分かってきました。また、飲酒と喫煙が重なると、さらにがんが発生しやすいことが分かっています。中でも、食道がんは特に飲酒との関連が強く示唆されているがんの一つです。アルコール依存症患者に内視鏡検査を行ったところ、3.6%の確率で食道がんが発見されたとの報告があります。一般の集団検診での発見率は約0.03%ですから、実に100倍以上という、驚異的な数字です。酒飲みの中でも、顔が赤くなるタイプが特に食道がんになりやすいと言われています。ただし、本来は顔が赤くなるタイプでも、毎日お酒を飲むことによりアルデヒドに耐性ができるため、若いころ飲酒して赤ら顔になった経験のある人は、現在赤くならなくても要注意です。
一気飲みに代表される短時間の大量飲酒が急性アルコール中毒を起こすことはよく知られています。血中アルコール濃度が上がることで小脳さらには脳全体がまひし、酩酊(めいてい)から泥酔、そして血中アルコール濃度が0.4%(日本酒およそ1升以上に相当)を超えると昏睡(こんすい)に至り、呼吸中枢がまひして死亡する可能性があります。しかし、アルコールの影響は急性のものだけではなく、慢性の影響もあることが分かってきました。健康な人でも年を取ればだれでも脳が委縮してきますが、酒飲みは若いときから前頭葉を中心とした脳の委縮が表れ、年を取るにつれて目立つようになります。脳ドック受診者を調査した研究では、毎日2合以上の飲酒歴のある人は、1合以下の人に比べ、約1.5倍の割合で脳委縮が認められます。脳委縮と知的機能低下との関連は必ずしも明らかではありませんが、前頭葉は人格や情報処理、判断力をつかさどる脳であり、大量飲酒者に見られる頑固さ、意欲の減退、物忘れ、ぼけなどに関係している可能性があります。脳機能の障害に対する特効薬はありませんが、脳委縮は断酒により改善することも分かっています。また、酒飲みには四肢のしびれなどを伴う末しょう神経障害も高頻度に見られます。
長期の大量飲酒が肝臓や脳に悪影響を与え、またがんのリスクも高めることは前述の通りです。アルコールはほかにも、上部消化管出血、すい炎、痛風、糖尿病、高血圧症、心筋症、自律神経失調症など、それこそ体中のあらゆる臓器の健康障害の原因になることが分かっています。こうした病気の多くは最初のうちは自覚的な症状に乏しく、長い飲酒期間を経て初めて表れてきます。もう何年も飲んでいて平気だから心配ないということはなく、長期にわたる過度の飲酒により病気が出現した時には、その病気がかなり進行している可能性もあります。その点からも、適切な飲酒習慣を身に着けることが大切になるのです。
厚生労働省が平成12年に作成した「健康日本21」によれば、適度な飲酒量は1日平均純エタノールで約20グラム程度としています。これを主な酒類で換算すると、およそビール中瓶1本、日本酒1合、ウィスキーダブル1杯、焼酎0.4合、ワイングラス2杯となります。しかし、これで「絶対安全」と言うわけではありません。酒害には個人差が大きく、どんな少量でも危険性はあるのです。また、アルコール依存症の人、未成年者、妊婦などは絶対飲酒してはいけないことは言うまでもありません。
お酒は適度であれば身体的にも精神的にも日常の疲れをいやす便利なものです。しかし、その効用はあくまでも「適度な」飲酒によってのみ得られます。
節度ある飲酒につき正しい知識を学び、かかりつけ診療所の先生や専門医と協力しながら、日々の健康増進に努めましょう。
皆さん、良い新年をお迎え下さい。