
講師 : 東急病院 消化器肝臓内科 梶原 幹生
毎回御好評を頂いている「肝臓病教室」、今年2回目の教室が平成21年9月17日に開催されました。秋晴れの爽やかな天気の中、今回も50名を超える受講者の皆さんにお越し頂きました。今回の肝臓病教室のテーマは、「肝硬変症」、そして「肝がん」です。生活習慣をとりまく健康上の諸問題につき皆さん熱心に聴講されました。内容の要点につき下にお記しします。
日本人の疾患別死因の首位を占める悪性新生物(がん)。その中でも肝がん(肝細胞がん)は、男性では第3位、女性でも第4位に位置する、主要ながんの一つです。肝がんだけではなく、肝硬変症などの(がんを除いた)肝疾患も疾患別死因の10位内を常に占める「common disease(ありふれた病気)」であり、まさに肝臓病は国民病の1つといっても過言ではありません。一方で肝臓は「沈黙の臓器」とも言われ、自覚症状のないまま肝障害が進行している事も少なくありません。
従来、日本の肝臓病はB型、C型といったウィルス性肝炎がその多くを占めており、肝硬変や肝がんの成因のおよそ8割を占め、アルコール性肝障害やその他の肝疾患が続きます。日本の肝炎対策もその力の多くがウィルス性肝炎に注がれてきており、近年の医学の発展とあいまってウィルス性肝炎の治療成績は向上してきました。しかしながら、我が国だけで少なくとも300万人の肝炎ウィルス感染者がいるといわれており、依然として国民の健康に対する大きな脅威である事は間違いありません。また、近年の生活習慣の変化、特に食生活の西洋化に伴い、脂肪肝を有する患者数が増加しており、中でもより重症な型であり、病状の進行とともに肝硬変に至って肝不全を呈したり肝がんが発症したりする非アルコール性脂肪肝炎(NASH)患者の例も多く報告される様になりました。
肝硬変とは、原因の如何によらず、慢性肝臓病が行き着く終着点ともいえる状態です。肝臓はタンパクの合成、糖の代謝や老廃物の解毒などを司る重要な(まさに「肝腎な」)臓器の一つであり、肝硬変に至って肝臓の働きが低下すると、腹水や下肢のむくみ、黄疸、肝性脳症(意識状態が悪化すること)、こむらがえり、食道静脈瘤、そして肝がんなどのさまざまな合併症を伴う様になります。腹水や黄疸などの肝不全症状を伴う、「非代償性」の肝硬変では、5年生存率は3割以下といわれています。食道静脈瘤は破裂すると大量の消化管出血をきたし、しばしば致死的です。肝硬変に至らないため、また肝硬変になってもより重篤な非代償期の肝硬変に至らないためには、肝炎ウィルスに対するインターフェロン療法や、アルコール性肝疾患であれば断酒といった、肝臓病の原因そのものに対する治療が効果的ですが、肝硬変がある程度進んでしまった場合には、腹水やむくみを改善するための利尿薬の投与など、対症療法が主体となります。
一方、肝がんは、肝不全や消化管出血とならび、肝硬変の「三大死因」の一角を占めます。その通り、肝がんはそのほとんどが肝硬変を素地として発症しますが(つまり、慢性肝炎→肝硬変→肝がんの順で発症)、まれに肝硬変に至っていない段階からも発がんする事があり、慢性肝臓病を患っておられる方は定期的な検査が大切です。
上述の様に多くが肝硬変という状態を背景(「好発母地」といいます)に発症する事から、その他のがん(胃がんや大腸がんなど)が早期に発見されて適切な手術を受けると根治が期待できるのに対し、肝がんは多発や再燃を繰り返す事が多く(「多中心性発生」と呼ばれます)、これが肝がんの大きな特徴となっており、肝がん治療の方針がその他のがんの治療とは方針がやや異なる所以です。肝がんの治療には、外科的切除術、局所療法(経皮的エタノール注入術やラジオ波焼灼術など)そしてカテーテル治療(肝動脈塞栓術など)があり、それぞれの治療の選択については、がんの大きさや数、位置さらに転移の有無などによって判断されます。他の多くのがんと同様、肝がんにも標準的な治療法(ここでいう「標準的」とは、「並の」とか「平凡な」という意味ではなく、効果が科学的に確認されている、いわば「最適な」という様な意味合いです)をピックアップした「治療ガイドライン」があり、そのアルゴリズムに従い、がんの進行度などによって治療方針が決定されていきます。大変重要な事ですが、肝硬変の程度や肝不全症状の有無などによっても適切な治療は異なり、また年齢や、心臓や肺などの病気の有無など、全身の状態も治療選択の重要なポイントになります。つまり、どの治療が最も優れていて、どの治療がそうでない、とは一概にいえず、状況によって選択される治療も異なる、という事です。より特殊な治療法としては肝移植があり、また近年では「分子標的薬」と呼ばれる新たな抗がん剤も開発され、治療の選択肢は拡がりつつあります。
「肝硬変」も「肝がん」も、まさに国民病であり、これらは慢性肝疾患の終着駅ともいえる状態ですが、一方でそれらは決して「人生の終わり」を意味するものではありません。肝疾患の患者さんや家族の皆さんも、正しい知識を学び、必要以上に恐れる事なく、かかりつけ診療所の先生や専門医と協力しながら、日々の健康増進に努めましょう。
今年最後となる4回目の肝臓病教室では、忘年会シーズンに向けて「お酒と健康」をテーマに取り上げる予定です。どうぞ御期待下さい。